インド旅行記3

スポンサーリンク[広告]


関連記事

-ダージリン-

同じくダージリンを目指すスイス人の女性と3人で、コルカタ、シアルダー駅へタクシーで向かう。そこから三段寝台列車でニュージャルパイグリ駅へ、すぐに客引きが現れて、ぎゅうぎゅうのジープに詰めこまれた。くねくねの山道を3時間、座った席も悪く、酔ってはきそうになる。降ろしてくださいと何度も言いかけたが、なんとかダージリンに到着した。

この街には、ヨーロッパ、イギリスの香りが漂っていた。私が住んでいるアパートの村田さんのおすすめホテル・プレステージへ、すぐに見つけることができた。話通り、岡山出身の日本人の奥さんと日本人による旅ノートが迎えてくれた、村田さんの知り合いということでたいへん驚かれ、喜んでもらえた。

シィッキム州の情報なども、快く教えてくれて助かった、部屋はケンさんとシェアすることにして、一泊350ルピーを2人で払う、停電とホットシャワーがでないが仕方ないところだ。この日のうちに、シィッキム州へいくためのビザを取得して、翌朝には早起きしてタイガーヒルに向かった。

あれほど見たかったカンチェンジュンガ(8586m)であったが、残念ながら季節のせいもあって、中央線からみた北岳にはとてもかなわないと感じてしまい、期待が大きかっただけに残念であった。

ダージリンの街並みは、良い感じの時計台を中心に、街全体が南北に広がっている。中央に近い広場には休日でもないのに、避暑に訪れた人々がベンチに座り語らっている。犬や馬も、暑さ極まるコルカタとは違い、のんびりとして見える、チャイは気温も手伝ってさすがに美味しかった。ただ、若干ミルクコーヒーばかり朝から3杯も飲んでしまった日があって、自分が相当なコーヒー好きということが判明した。

標高が高い(2134m)だけあって、昼でもそこまで暑さは感じない、でも基本的には電力不足のようで、夜はローソク暮らしとなる。私の100均電灯は、早くも故障して使いものにならなかった。暗闇はローソクで対処できたが、ホットシャワーが出ないのは致命的で、初日から風邪気味になってしまった。そして、とうとう下痢になってしまい、やはり少し滞在してから下痢になるというのは本当のことであったようである、腹痛はないものの、1時間おきにおしりからシャワーが噴出した。

一緒にコルカタから行動を共にしていたケンさんは、ダージリンでなにやら思い直して自分もシィッキムに行くと言い出したので、2人でガントクを目指すことになったが、その日のビザ申請が上手くいかず、迷いもあるようだった。そんな中、ネパールインする日本人女性と出会ったらしく、私は改めて一人でガントクを目指すことになった。

下痢の中、このたび1枚目の絵をホテルの窓から描く。ようやく一仕事終えた気もしてほっとしたが、明日は一人でシィッキムを目指さなくてはならず、頭痛や熱も出てきて大いに不安である。

あくる日、ダージリンにとどまり休もうとするが、ケンさんと記念写真を撮っていたりしたら下痢が4時間くらいは持ちそうに感じて、出発を決意した。ケンさん、ホテルのオーナーにあいさつを終えて、9時ごろに乗り合いジープ乗り場へ着くと、右も左も分からずにたちつくした。私の英語も聞いてもらえず、とにかくジープにはもう乗れないらしかった。タクシーのおじさんが

「2200ルピー」

と声をかけてくる。私は1日でもはやく出て先へ進みたかったので、体調不良の中ジープに耐える体力もなさそうだし、約15倍もするタクシーに乗ることに決めた。only youといった運転手だったが、少し待てといってすぐにインド人女性が乗ってきた、私はすでにお金を払っており、このまま置き去りにされるかと思っていたので、安堵感からなにも言えなかった。その女性はインド入りしてみた中で最も美しく、私は改めてインド人女性の美しさに魅せられた。ダージリン行きの時よりは広々しているが、ほとんど絶食状態が続いていた私の体には、5時間の悪路はハード過ぎた。

今回の旅は山々を廻ることになったが、もう私は電車以外の長距離移動は無理そうなので、今回の旅で最後にしようと何度も思っていた。私は、コルカタへの思いが益々大きくなっていくのを感じていた。

つづく