「好きなコト」、「やりたいコト」が分からない

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なにものにも縛られずに生きたい

ずっと今後の道、人生をどう生きればいいのか分からなくて苦しい、だからそのことに本気で向き合う記事を書いて、考えを整理しなければならないと思った。

考えるきっかけ

主に上記の2つが一つのきっかけになっているとは思う。

特に、ベトナムへの仕事を紹介してくれる面接では、

やりたいことを明確に決めて、それをやり切る

ということをしてくださいと、二十歳そこそこの面接担当者に強く言われてしまい、考え込んでしまった。そのあたりの心境がこの『引きこもるなら10代に限る』記事にもなった。

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自分と向き合わなかった後悔

なんとなく生活のために仕事を選んでいくよりも、電気やガスが止められるまで考え抜いて気が進まないことはやらないという姿勢が、少しはあってもいいのではないかと反省したのだ。

場所にも、時間にも、人にも縛られずに生きたい

すぐに思いつく自分の理想の生活は、自由に生きたいということだ。

そのためには

  • デイトレ
  • アフィリエイト

のどちらかが必要ではないかと思って、とりあえずやってみたけど才能もセンスも感じられない。結局、株で大幅な損失とアドセンス停止などの色々なトラブルに見舞われてほぼ挫折。

失敗の原因

金儲けの手段として始めたデイトレを中心に、やはり目的や手段がゴチャゴチャになってしまい、センスのないこと、才能のないこと、なにより好きでもないことで時間を無駄にした気がしている。

株は厳しいプロの世界なので、結果がでなければ生き残ることはできないし、好きだという情熱が自分には維持できなかったのだろう、また再開する日もあるかもしれないけど。

もしも10億円もらえたら

例えば自分がポンと10億円貰えたらどうするだろう?

まず、ベトナムとか物価の安い国のビーチにいってのんびりしたい。

ビーチでなにをするのか

ゆっくり紙で小説を読みたいな~小説を読むっていうのはよほど暇で自分にゆとりがないとできない、エッセイとか写真集とか漫画なら読めるけど。

あと酒と食を存分に楽しみたい、一カ月ぐらいは幸せだろう。

資産を振り分ける。

  • 世界インデックス(世界経済が上がれば資産増) 1億
  • 日本のブルベア型投資信託(日本が沈没すれば資産増) 1億
  • 新興国株(主にベトナム) 1億
  • 金、プラチナ現物 2億
  • 中国元 1億
  • 他(外貨、投信、個別株など)

みたいな感じでふりわけるかな、株が上がっても下がってもトントンな運用を目指しながら配当を貰うというのが理想。

最後に行き着くところ

でも結局すべてを手に入れたら、そんな生活飽きて長くは続かないと思う、そしたら何をするだろう?

それはやっぱり死と向き合うことだと思うんだよな~

だから、やっぱり出家まではしなくても、自己探求を始めると思うことを考えると、最初から貧乏→出家(のような生活)を目指せばいいのではないだろうか。

苦しい

あ~頭が痛くなってきたぞ(*_*;

苦しい苦しい苦しい・・・・逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ・・・死にたい、死にたい、死にたい・・・・10億欲しい・・・・

なにもしたくない、なにも感じたくない

収集がつかなくなってきたが、これは想定内でこうでなければ向き合っていることにはならない、ここからだ。

人生のテーマ

結局は何も感じたくない、心を乱されたくないということに落ち着くような気がする、人は最後は死と向き合う、だから自己探求をすることになる、そういう意味では人は最後は内向的になる。

その時に大崩れしない精神力を身につけたい、ここで来世があるとか、あの世にもお金が持っていけるならば話は全く別だけどね。

あれ?

クニヤメ生きてる意味なくね?死にたいって言ってるようなもんだろコレ?そうかもしれない、でも少なくとも自殺をしたいわけではない。生きたくない?正しいような気もする、しかしよく分からない。

”働いてまでは生きたくはない”

おそらくこれではないかな、ただでさえ生老病死で苦の多い世界に、なんでわざわざ独身男が働いてまで生きるのか?

少し見えたきた気がする

守るべきものがない(金、結婚、子供など)

働いてまで生きていたくない

晩年は修行(瞑想)したい「これが唯一の確たる希望」

今から晩年を生きればいいのでは?

もし余命が1年しかなかったら?

少し見えてきた気がする、もし1年しか寿命がなかったら間違いなく瞑想の修行をしに海外に行くだろう。いや、そうなると言葉の壁がある海外には行かなくてもいいな。

どこに行くのか?

日本の禅寺などでもいいかもしれない、いきなり海外だと言葉が分からないから、そう考えるともうやればいいじゃん、あと1年しかないと思ってとなってしまう。

国ありきではなくて、仏陀の言われた”自灯明 法灯明”が実践できる環境ならなんでもいいんだよな~変な権力のしがらみとむすびついてなければ。

  • 日本なら禅になるのかな
  • ティクナット・ハン(ベトナム人)のマインドフルネスならフランス
  • ヨーガーならインドのリシュケーシュー
  • 上座部仏教ならタイミャンマー

©手塚治虫火の鳥 鳳凰編』の我王

どれも瞑想の事で、自分を観察するという修行には変わりはない、ヴィパッサナー瞑想と言い換えても良いだろう。お釈迦様が、次々とあらゆる宗教に教えを乞うていったように、同じことがやりたい。

自由という不自由さ

やはりよく分からない

しかし、本当に他にやりたいことはないのか、最低限度働いて生活して、ブログなどを書いていければそれもまたいいのではないかという、可能性を考えてしまうとまたわからなくなってしまう。

第一、私が1年以内に死ぬ確率はごくわずかであろうし、でも結局気づいたら老後になってましたという人は多いと思うので、早すぎることはないのかもしれない。

分かったことは?

ここまで考えてみて、期間工には行かない方がいいんじゃないか?ということだけは分かった。

とりあえず株はやるつもりはないから、種銭はいらない

小金なんてあっても意味がない

金のために集中して労働する必要はない

期間工ダメ

ということになりそうだ。

まとめ

とりあえず、これだけ書いて考えてみたけども、えーっとまとめると

  • 期間工がダメ
  • もうすこし現実的な目標にする必要がある

ということが分かった。

あと気になり始めたのが、

  • このままの生活にバイトを組み込めないか
  • もっと自由に考える(アパートを残して気になる国に短期移住とか)
  • とりあえずブログは続けたいようだ
  • もし10億あったら瞑想のほかにも、小説が書きたい&絵も描きたい気がする

なのでこの辺をまた考えてみたいと思った。

訳の分からないことを、3000文字も書いてしまった・・・