ベトナム(ハノイ)、旅行記のようなもの2

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ベトナム(ハノイ)、旅行記のようなもの1

 

ベトナムを想う

みなさんはベトナムについてどういう印象をお持ちだろうか。

私は去年までベトナムについてなど全く知らなかった、だから大方の人と同じ見立てであろう、とにかく貧乏でダサくて、ベトナム戦争をやっていた国という印象であった、そしてそれはだいたい正しい。

実際にベトナムを訪れ、本を読んだ限りでは、ベトナムの物価はとにかく安くて、農耕民族で上手く階層社会が造れなかったことから絢爛豪華な文化をあまり産まなかったし、なによりベトナム戦争だけではなくて、知れば知るほど戦争ばかりやっていた国なのだ。

フランス、アメリカ、カンボジア、内戦ともうどうしょーもないほど何十年も血を流し続けており、それに比べれば日本とはなんと短い戦争期間だったことかと思わずにはいられない。

しかし、平均年齢が30歳に満たないと言われるベトナムにおいては、戦争は過去のものになりつつあり、ベトナム戦争など昔話になりつつあるようだ。

そんなことより、家族に良い暮らしをさせたいという若者のエネルギーは凄まじいものがあり、ベトナムは変貌しつつある。

 

機内にて

私は三人掛けの椅子の通路側に座っている、隣にはスーツケースをあげてやったベトナム人の若い女性、窓際は違う第三者のようだった。

スーツケースをあげてはやったものの、私は気軽に人に声などはかけれないので黙っていた。そもそもどこの国の人なのか分からないし、母語もわからない、ベトナム語だとしたら私には手も足も出せない。もっとも、なんとなく日本語のようなものを交わしたような気がするので、もしかしたら日本から帰国する労働者なのかなと思った。

うつろな記憶ではあるが、ベトナムに到着というころになって再び私は女性と会話をしていた。おそらくまたスーツケースを頼まれたりしたのだろうか、それで彼女が日本語がある程度話せるベトナム人の労働者研修生なのかなということも分かった。

ハノイのノイバイ国際空港に到着し、飛行機が止まったころになって彼女らが団体で実は後ろの席に友人がいることが分かる、そしてなぜだか

「あなたご飯食べますか、私達と一緒に、フォー食べる」

みたいなことを言われた。なんか変なことになってきたな~とは思ったのだが、私は初めての国で言葉が通じないということで不安度は相当なものだったから、喜んでついていくことにした。

彼女の知り合いは、彼女も含めて5人で男性は1人だけだ。外国人である私は、出国の手続きがすぐに終わってしまって、とりあえず出口で彼女らをまった。時刻がすでに22時近くで、あらかじめ予約を入れていたホテルなどのことが気になったが、もう焦っても仕方ないと腹をくくった。

彼女は二ユンさんといって、小柄でずんぐりとしており、お世辞にもきれいだとは言えない。年齢は23歳だったろうか、これも30歳といわれれば納得してしまいそうなところはある。

私はまだ二ユンさんとしかほとんど話をしていないので、他のメンバーからするとあの日本人はなに者だと思われているに違いないと思うと、なんとも居心地は悪かった。人生でもあまり経験がないケースだ。

彼女らが出国を終えて合流すると、なんとなく彼女が私について説明してくれているようだ、ベトナム語ができないから助けてやろうと思っているとか、おそらくそんな感じなのかもしれない。私はついさきほど出会ったベトナム人と、その後半日以上も行動を共にすることになる。

つづき

 

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司馬遼太郎 の『人間の集団について~ベトナムから考える~』

『旅する心のつくりかた』石川文洋 著を読んだ。

 


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