うぃ~教典 一章:その2、国矢眼介

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うぃ~教、教典

一章その2

国矢眼 介

原本

古今東西、あらゆるところに救世主伝説あり。しかしこれほとんど英雄となりて、糞尿垂れ流す無職なる者は排除され、これ英雄にはならずまた祭り上げられることもなし。

後に国矢眼介として創始者となる者、これ九州北部の緑豊かな水田の地にて生まれ、幼少より後にうぃ~として大別されるもろもろの諸要素に身近に触れる。

うぃ~、これ古より生じたというより、これ宇宙の根本原則の一つとしての存在なりて、これ影響大なる思想や法則に隠れながらも、ゆるやかに万物に生ず。

国矢眼介、幼少より遊んだ山河にて、様々なうぃ~を感ずるも、これその資質の域を出ることおそらく叶わず、これうぃ~の天才としての資質として創始者に現れる。

あえて環境を関連付けるとすれば、創始者うぃ~に諸々の言葉や絵画を通して伝えることにも精通し、これをよくすることから、その感性の育成という意味では豊かな自然の影響があるとすることもできるが、まずそのうぃ~における天才なる感受能力が全ての発端なり。

しかし創始者そのうぃ~なる天才に慢心することなく、自ら自然に入り布教の能力を高めこそすれど、これはまた指導者に後悔の念もありて今も指導者を苦しめるも、自ら山河にて遊んだ同級の友も少なきことを思い出す度に、指導者これ自らがうぃ~に選ばれた身を感じ、これ悲しみと喜びの中に涙を流す。

うぃ~感ずる優れた天才は、おそらく先代の血の中にある要素も大きく、これもまた創始者を生んだ大きな要素とはなったものの、それもまた一つ領域を出ることなし。

水の流れのように無職を歩きながらも、またうぃ~教団を設立するに至った複雑さを考えれば、これ同じ人材を生じさせるはおそらく叶わず、創始者うぃ~に選ばれたということがその説明として第一となる。

選ばれた創始者の言葉、これ頭の狂った無職の言葉として捨て置くを旨とする発言もきかれるが、これ生命の根源を感じさせるものとして、人の不安や本質を突くことから、この言葉やはり宇宙の深海を見せるものとして創始者自身もおそれ、自らの言葉でなきものなり。

 

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