中国辺境から、人間失格を読んで。

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↑行きつけのワンタン屋

日本人失格

うぃ~な生涯を送ってきました。

私はそのうぃ~から逃れるために、大陸を目指し、それはチャイナへの上陸という形で実を結びはしました。

チャイナ・・・・それは私が最初に訪れた国、そして西を目指す過程で、印度とぶつかり、再び思想の再構築を迫られた私が、再三訪れた場所です。

日本人教師うぃ~の誕生

日本ではどこまで行ってもうぃ~だった私、その色は年々濃くなり、大卒と言う肩書は、肉体労働にもまれる中で、もはや私の体から抜けていくように洗い流され、もはや一労働者うぃ~として、社会から眺められる存在となっていました。

それが最も決定的となったのが、年収400万円以上という都心タクドラの肩書をひっさげ、お見合いパーティーに参加した時。齢はまだ30だったと記憶しています。

会場について、私は自分がタクドラなんて言える雰囲気ではないと気づいていきました。男性はもちろん、女性も全員が正社員で、皆が年収500万円以上もらっていました。。会場の中に大卒でない人はいなかったように思います。デザイナー、総合職、銀行員、男性も女性も皆が自分の経歴を誇らしげに語りました。

そこには、なにか条件のいい男を捕まえてさっさと引退しようなどと言う、都合のいい20代女性など皆無でした、販売員やフリーターをしている人なんていなかった。皆が自分の仕事に誇りを持って、生涯働くという気がいに満ちていました。

私は恥ずかしくなった、それでもそんなことでしり込みするような私ではありませんから、そこはこれでもかと、おれはタクドラだとアピールをしまくって、帰ってから自らの手で広げた傷口をいやすのに時間を用しました。

私はすっかり婚活を諦めてしまいました。今から思うとたまたま参加した会が悪かったのかもしれない。しかし、それは過去までさかのぼっても絶望的にモテなかった自分を諦めさせるには十分だった、そう思います。

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醜さとナルシズムの果て

朝起きて鏡を見ると、皮膚病で醜く膨れた私の顔が

「おはよう」

とつぶやく、私はやぁまたですか、と言わんばかりに軽く会釈をする。私はこれは今日も授業に出たくないなとは思いながらも、習得しかけているうぃ~教奥義、無想転生を使って陰陽の逆転を図り、それを見事にやってのける。私は何事もなかったかのように朝の準備を始める。

私はいつもチャイナに来てからというもの、一つだけ腑に落ちないことがあるのです。それは、なぜか黒目が、やけにギラギラとしているということなのです。私は醜男のナルシズムをそこそこ極めてきたので、鏡を日に二度は見るのですが・・・風の谷時代、私の黒目に光など全くなかったのが、物理的に光を反射しているです、いつ見ても・・・・。

しかしあぁ、これにはたしかに見覚えがあります。日本写真印刷の派遣時代に、確かに私はこの目をもったひとに出会ったことがあります。色が浅黒く、野性味あふれる珍しいタイプの男前でした。

彼は、元バックパッカーの男で、半数以上の国を放浪する中で金がすべてだと悟ったというような男でした。ある日、

「最近彼をみないですね」

と正社員に尋ねると、彼は首になったという。それで、私が理由を聞くと、彼は食堂で食い逃げをして首になったということでした。

この黒目のギラギラは、なにか海外にいると自然と備わってくることの一つなのかもしれませんが、私には分かりません。