中国外教への道。瀋陽隔離5日目。2021年9月。

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昨日は、瀋陽の隔離ホテルからの景色を水彩画で描きました。

自分の満足いく作品ができて、昨日はよく休めました。

海外への道

死のうと思っていました。

社会的にです。


印度かどこかに行って出家したい、日本の生きづらさ、私のうぃ~さ、そして原始仏教への憧れ。

とにかく日本にいれば死んでしまう。このままでは本当に死んでしまう、と。

私は自分なりにタクドラを辞めてから風の谷で結論を出しました。

もう無職になって一年以上が経っていました。


憧れていた印度、三鷹にアジアアフリカ語学学院というヒンディー語が学べる専門学校があることを知りました。

入学しようと資料を取り寄せていたりしていた時期、たぶん20代半ば。

絶望です。

まさに絶望です、これ以上の絶望があるでしょうか。

その後、そんなことでは長期的に海外で修行ができないと思った私は、ググる中で、タイで無期限衣食住完全無料で瞑想修行をするだけ、という奇跡のような場所を見つけてしまいました。

これで、安心だ、そう思ったものです。

その後、yahoo知恵袋で私のようなうぃ~を見つけ、タイでは外国人でも出家でき、将来的には国際僧院に行けるという情報も知りました。

もちろん出家時には全財産を処分しなければいけません。

「出家の覚悟を見るために、数カ月のお試し期間があります。その後、道に耐えられると判断されれば、正式に出家となります(yahoo知恵袋にはこんな内容も)」

しかし、うぃ~の身は軽い、実に軽いのです。

守るべきものが無き者、それうぃ~なり「うぃ~経典」

2017年

社会的には無職になりましたが、いろいろなことが動き始めました。

特にネットでブログを開始、Twitterも始めました。無職とか鬱病とか、そんな弱者ばかりと相互フォローになりました。

実際にオフ会で東京の住所まで来てくれて、2人の人と会ったりしました。また、自分の才能を認めてくれる人もいることが分かりました。

ずいぶんお世話になった人もいます。今考えても本当に感謝しています。

しかし、生活、主に経済面は絶望的でした。金がない、労働はしたくない。そんな状況が半年、一年と続いていきました。

なんとなくあった

  • もう日本で働けない
  • 自分で稼ぐ能力もない

ということが明確になりました。

ここで、一か八かとりあえず海外に出てみようということが決まりました。

まず、私がターゲットにしていたのが、物価が安いベトナムでした。

ベトナムうぃ~ならなんとかなるかもしれない。わざわざ偵察にまで行きました。2017年11月だったと思います。

中国外教への道

「日本語教師の集い」というサイトで、割と簡単に海外でなら日本語教師になれるということを知りました。

無資格だった私ですが、とにかくベトナムの無資格でもいい求人やボランティアの面接などを片っ端から受けていきました。

並行して、本拠地タイのコールセンター勤務の説明会などにも参加しました。

東京から名古屋まで、ベトナム奴隷養成うぃ~企業の日本語教師求人最終面接に参加したりしました。しかし、どこも採用とはなりませんでした。

決定的なのは、やはり無資格だということでした。

模擬授業ってなに?できません。という状態でした。

そんな私ですが、ここで無資格でもいいという国を見つけます。

それが中国でした。

中国で外教になる

仕事はあっさりと決まった、今までの流れからはそう言っていいほど、すぐに決まりました。

あっという間に赴任準備が始まり、中国語の基礎の勉強も開始、2018年の3月に赴任。今考えると、コロナ前で安定して2年経験ができる絶好のタイミング、最後のチャンスでした。

普通の人間

罵声を浴びせられ続けた人生でした。

タクシーでも客に殴られ、メガネは飛びました。後ろから何度も後部座席を蹴られ、機器を破壊されました。(二件とも警察沙汰、後件は逮捕)

引っ越し助手時代には、軽いいじめ状態となり、毎日のように殴られました。

学生の時の居酒屋バイトでは、カウンターで客に見られないように蹴られました。あと、なにがあったかな・・・期間工で・・・

底辺でした。

完全な底辺でした。

罵声を浴びることが、いつしか自然になっていきました。

特にタクシーの客の少なくない割合、半分ぐらいが勘違いしている人間に見えてきました。乗っても行先さえ言わない、夜はそんな客が4割でした。

どんな仕事をしても、そうなんだろう。日本は恐ろしいところだ、と。

少なくとも、私はそう考えて、罵声を浴びるのが当然と考えていました。

しかし、中国の日本語教師(中国語で外教)として赴任した時に待っていたものは、圧倒的な歓迎でした。

私は信じられない出来事に感動し、徐々に慣れていきました。

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