ブログ飯で世界一周したい 2

無職の夢の話、ブログ飯で世界一周したい1はこちら

いろいろ楽しく想像してみる

世界一周が実現すれば、絶対に行きたい場所はないが、必ず通るだろう場所が、

台湾を含めた中国、ハワイ、東南アジアはすべての国、南アジアはミャンマー、ネパール、インド、スリランカ、バングラデシュは必須かなと思う。韓国はソウルに行ったので、行かなくてもいいかな。

別に悲観しているわけじゃないが、旅の途中で死ねればそれもいいなと思う。

だから、人生がいつ終わってもいいように、ある程度楽しめるところ、滞在したいところに自由に時間をかけていきたい。

また中国が最初の国になるだろう

中国にはたぶん長い時間を要するだろうと思う、次行くときはもう4度目だ。

中国は懐の深い不思議な国だ、エネルギッシュな人々、助けてくれる親切な人々、長い歴史と広い国土、その多様性は、とても一生の間では知り尽くせないだろう。

私はなにより、細かいことにこだわらない人々の性質が好きだ、中国はどんな人でも受け入れてくれる。

まだ9つの省しかまわっていない

3度の訪中で、旅したのが、北京、上海、内モンゴル、寧夏、カンスー省、シャンシー省、青海省、新疆、雲南省だ。地図で確認すると、中原というか、中国の中心地あたりにほとんど訪れていないのに気付く、特に三国志でいうと呉の領土の辺り、海岸沿いは上海しか訪れていない。だから、香港、マカオ、海南島も含めてたくさんの行くべき場所がある。

僻地というよりは、中国大枠の歴史、民と自然を見ていく旅になるかな

個別にも、訪れたい世界遺産や村などが点在しており、少なくとも3カ月はかけて回りたいし、そのために語学を勉強してもいいぐらいだと思う。中国語は文字が一緒だから覚えやすいので。

たくさんある、中期滞在したい国

中国のほかにも、次にあげる国々には長く滞在するつもりだ

  1. タイ

  2. ベトナム

  3. ネパール

以上の国々についても、おそらく1カ月以上滞在することになる。

タイのお寺で瞑想修行

タイは仏教が生活に残っている、ミャンマーとならぶ最大の仏教国だ。

色々勉強できるところがあるだろうし、なにより修行をしようという者は応援される。外国人であっても、束縛なく食住付きで瞑想修行ができる場所があるらしい、しかも無料である。

当然日本語の教えはないため、英語が必要になる、そのためにフィリピンで英語留学をしてからいこうかなと考えている、一カ月ぐらいでもずいぶん違うだろう。

ベトナムは隅々まで観光したい

ベトナムもじっくり観光したい国の一つだ

魅力は物価の安さと、食の豊かさ、沿岸部のビーチの多さなど、楽しみがたくさんある。物価が安いのにコストパフォーマンスは悪くなく、一番安く楽しめる国だ。ドアマンがいるような三ツ星ホテルでも、日本のビジネスホテルより安いと思う。

ハノイでも、観光客向けに色々なサービスが充実していた。

特に人件費が安いために、マッサージなどのサービスは破格の値段だったが、あまり期待できない。本場、中国と比較すればまだまだであった。

沿岸沿いをダナン、ホーチミンへと下っていき、丁寧に観光していきたいと思っている。

しかし、中国やベトナムのローカルは英語にとても苦労するので、スマホなどの準備が必須だと感じるが、自分のスマホがフリーのデュアルsim対応機になったので、かなり頼れるようにはなった。

ブッダ生誕の地、ネパール

ネパールは、南アジアと東アジアをいいとこどりしたような人種や食が魅力的だ。

お釈迦様の故郷でもある

お釈迦様の故郷、シャーキャの首都、カピラヴァストゥがあったとされる場所、ルンビニーを抱える。釈迦が活動した場所や、聖地も含めて全てインドに点在しており、古代インドの宗教家という要素が強いが、現代の地図に当てはめるとネパール出身ということになりそうだ。

ルンビニーに行くかは分からないけど、旅人誰もが癒されるというネパールには一度ゆっくり時間をとって滞在したいと思っている。

 

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ブログ飯で世界一周したい

絶望の中にいた私に、見えてきた夢

ブログ飯世界一周をするという、とんでもない夢が見えてきた。

旅と相性がいいのがブロガーではないかとふと思いついた。

もともとデイトレで成功しようとしたのも、場所に縛られずに働きたいということがあったからなわけで、時差に影響を受けず、自由に発信できる点でブログの方が有利だ。株式トレードの場合は、何時間時差があっても、日本時間の9時から3時に相場が動くので、それに合わせた時間管理をすることが必要で、必然的に観光はたいへんしずらくなってしまうし、現実的ではないだろう。

装備もノートパソコン一台ではデイトレは無理だ

なにかしらタブレットやスマホで情報を補完しなければならず、それだけでも頭の痛い問題である。比べてブログは、ノートパソコン1代でどこでも更新できる、普通の旅人と変わらない。万が一ノートパソコンを失うことがあっても、帰国せずに対応して旅を続けることも普通のことだろうし、自由度が高い。

旅とブログは最高の相性だ。

情報を受け取って行動していくデイトレに対して、情報を発信していくブログには旅への最高の適性があるのではないか。

一般的に世界一周でネックになること

それは、

  1. まとまった資金

  2. まとまった時間

  3. 帰国後の進路

の3点だろうと思う。

普通の社会人にとって、1と2を両立させることは困難に近いが、ニートブロガーを目指す私には、時間に関しては問題とはならないだろう。3に関しては、旅行中の出会いや、実績からブログの評価を上げられるしかもしれないし、出会いが多い状況を作り出せるので普通の生活より有利だ。実現できた際には、名刺を用意して臨めば効果が倍増できそうである。

一番問題なのが1の資金面であろうと思う

アパートを解約して臨んでも、世界一周となると物価の安いところばかりではない

最低でも

  • 宿 1000円

  • 移動1000円

  • 観光1000円

  • 食事1000円

  • 保険1000円

で一日合計5000円は必要になるのではないだろうか、365日で約200万円弱だからそんなものだろう。

これがブログで月10万円稼げれば事情は変わってくる。

最初にアジアなどの物価が安いところでブログパワーを引き揚げつつ、貯金までできてしまうかもしれない。

場合によっては、物価の安いところで滞在して、生活をしていくことで黒字にもっていけないだろうかと考えている。幸い、無職ブロガーには時間があるのだから、旅を生活にしていって、長期になればなるほど、

  • ブログ記事の増加

  • 貯蓄の機会

が増えていくことになる。特に旅という非日常を送ることで刺激が絶えないために、最も恐ろしブログからの退場という可能性を減らせるというが、大きなメリットだ。これは健康や犯罪面のデメリットを考えてもあまりあるものであると思う。

一石三鳥になる

  • 旅行するのは好きだ

  • ブログのネタに困らない

  • おそらく人生最高の財産になる

という一石三鳥のメリットばかりだ。

絶対に行っておきたい場所はない、自由な旅

およそ、1年前に死ぬまでに一度言っておきたかったインドの聖地バラナシに行ったことで、必ず行っておきたいところはなくなった。だから、自分と収益のペースを見ながら、自分のペースでの旅になると思う。世界一周にこだわらなくてもいいし、途中で帰国して、何度出直してもいいわけだ。

夢は大きく

現実的にはまだまだ10万円などの収入は夢の話で、実現は遠い話だろうと思うが、夢は大きく持って頑張りたい。

2年後ぐらいに実現できれば、まだ30代半ばで体力的にもギリギリいけるレベルだと思うので、そのあたりをめどにしたい。

生きる希望が湧いてきた

なによりも、生きる希望になるし、死なないで良かったな~と今思うことができているのが大きなことだと感じている。

つづき

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無職、デイトレ、退場、の最下層3本の矢

家族や友人など、このブログの存在を知らせている方々から、更新のリクエストが届くことが多い。

その記事を待ってるのかと意外な感想を持つことが多いのが本音だ。

特に意外なのが、実際によく見られているページである

現在、他のページよりも10倍ぐらい見られて断トツ1位が

デイトレを退場した、無職の生きる道という記事である。

※現在、陥落しました(2017年5月半ば)

何度か見直してみたけど、どう考えてもなにがいいのか分からない。

  • ”無職”

  • ”デイトレ”

  • ”退場”

という比較的検索されやすい3本柱が上手く働いているのだろうか。たしかに、検索で最も重要なタイトルは悪くないようにも思える。

とくに読み返すような内容でもないから、繰り返して読む必要はないと思うのだが、これがまたよく分からない。

マーケティングというのかな

は難しいものだなと日々感じている、なにが当たるかは本当に分からない。

自分が検索サイトに表示されたワードを見ると

  • 期間工関連

  • デイトレ退場

の2つのワードが良く出てくるので、自分でも気づかなかった

デイトレ退場という失敗した経験

というものを、観たい人が一定数いるらしいことが分かる。

期間工関連が多いのは予想通りだが、期間工専門サイトは存在するので、自然とこのブログの進むべき道がみえてくる。

株式トレード退場ブログというのが強みになりそうだ。

デイトレ退場で人は変わるのか 変わらないのかの記事の内容にも重なるが、私の300万円は、重要コンテンツの安定的な供給という面でも、貢献を見せようとしているわけだ。

また、なおかつ無職である

ということがエッセンスを加えて悲惨さを強調し、底辺に生きる負け組ブログのようなことに関連してくるかもしれない。

悲惨なブログになろうとしている

どう考えてもインドのカーストでいえば、最下層の部類だろう。日本でもそうなのだろうけど、しかし、毎日検索流入を分析していると、これが求められていることのようだ。

書く苦しみを天秤にかける

自称、文章の秀才である私であるが、それなりに追い詰められている。

前にも書いたが、詩でも小説でも書きなさいといわれればいつまででも書ける、なんの準備もいらない。報告書、顛末書などでもそうだから、いつどんな時でも皆に頼られてきた。

みんなが困っているときに、私はどんな文章でももう書けていたのだから。

どんな分野でも

  • 資料を参照することなくオリジナルに書くこと

  • 適切な言い回しを選択してそれっぽく仕上げること

が可能であるために、なんの資料もいらなければ、再提出にもならないのだ。

秀才だ・・・・フルフルフル(*´Д`)

秀才がおられる・・・・

考えてみれば、アイキューも低くて、記憶力も悪い、容量も悪いのに、なんで読解力だけが誰にも負けなかったのか、といことが全てを物語っていると思う。

私の能力の鍵は、読書をしてないのに生まれつきあった高次元の読解力である。

ということになるのだろうと思う。

そんな私だが、やはり毎日記事を書くことは大変だと感じている。

そもそも、ブログは、文章だけじゃない。

写真も用意しないといけないし、見出しのつけ方も考えたりデザイン的要素もあるため、原稿用紙に書くのとはやはり違う能力も必要だ。

これは就職した方が楽なんじゃないかと感じることも多くなってきたが、

もはや食べていけるとかいけないの問題ではなくて、ブログを書くことが

生きがいになりつつあるのかもしれない

収益の方は、他のブログをメインでやっていくつもりだ。

毎日、自分についた垢を落とすように文章を書いている

自分の文章が、言いたいことなのか、自分の意見なのかも自信がない。

ただ、降りてくる言葉を、分かりやすい形にして伝えていくという作業をしているうちに、そんなことを思ってしまう。

毎日書くということが、自分の精神の安定につながっているかは分からないけど、死にたいと思うことはなくなった。

ただ、仕事に近いプレッシャーのようなもの

を感じるようになってしまった。今書かないと明日アップする記事がない、というのはけっこうなプレッシャーだ。

それでも毎日記事を上げることで、今は自己満足ができているということだろう、なんとか1年、毎日更新を続けていきたい。

私のブログライフは、まだまだこれからである。

 

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無職24時間のタイムテーブル

無職一日のタイムテーブル

ネタがなくなってきたので、無職の一日の行動をまとめてみた。

寝る前から起きた後までがこちら

睡眠時間は、5~10時間

とかなりバラつきがある、昼寝を全くしないので、昼まで寝てもすぐに夜型にはなかなかならない感じ。

よって起床時間もバラバラで、早い時は7時から、遅い時で11時過ぎまで寝ている。

理想としては9時ぐらいに、起きるぐらいがちょうどいいかんじ。

起きるとすぐに、前日に作っておいた当ブログ記事をポストして、明日の記事の執筆にとりかかる。本当の意味で集中できるのは起きてすぐの一時間だけなので、顔も洗わずにとりかかることも多い、

最初の一時間が勝負である。この時に

  • 寝不足

  • ネタが決まっていない

などの場合は一日が悲惨だ。

食事について

朝食は”ソーラーメン”と決まっている。

うどんやそばにしてみたり、醤油を入れたり塩を入れたり、卵を入れたりとバリエーションが豊富で厭きることがない。

昼食は、レトルトカレーが多いが、ない場合は納豆卵ご飯。

主に安くて美味しいので、ボンカレーが多い、実家の飼い猫が”ボン”なので縁も感じられるのだ。

最近は半分ぐらいのメーカーが箱ごとレンジで良くなりましたね、最初見たときは驚いたのをよく覚えている。

 

夜食は、もやし炒めか納豆卵ご飯。

おやつにチョコやアイス、コーヒーを丁寧に入れて飲むことも多い。

アイスはだいたい100円の牧場しぼりです。

 

今の食費は月1.5万円位だろうかと思う。

本当は1万円以内に抑えたいところだが、間食やコーヒー代で今のところ無理そう、それでも、

一日の食費500円ぐらいでなんとかしのいでいる。

せめて食費代ぐらいはアフィリエイト収入で稼ぎたいものだし、その日は結構近いんじゃないかと思っている。

外出等

家でずっとブログを書いているだけなので、どこにも出かけない。

基本的に知り合いが一人もいないので誰とも会わないし、全く社会との接点もないので出かけることは買い物と、月2回のハローワークだけだ。

ハローワークにいくのもあと2カ月だけなので、その後は全く人と話すこともないだろう。

自転車もないし、今後必要なければ買わないで通すつもりだ、

バスも面倒なので乗らない、八王子駅までは京王線で出る。

昼から寝る前までがこちら

 

昼からは、集中力がない日がほとんど、

常に音楽を聴きながら、家事もこなしつつという感じ。

本当に集中したいとき、できない時

パット・マルティーノの『ザ・メイカー』

というCDを、小さい音量で聴くと効果があがる。

このCD昔は簡単には手に入らなくて、輸入盤を見つけたときは喜んだけど、今はどこでも買えるようで少し残念に思っている。

雑用をやりながら交互にブログを触る

風呂掃除と食器洗いは毎日、布団干し、トイレ掃除、掃除機がけなど、やることは多い。

テレビを見ながらということも多い

  • 女子プロボーリングPリーグテレビ東京

  • 5時に夢中テレビ東京

  • NHK全般(大相撲中継も)

  • Jリーグ中継

はチェックしてよく見る。

Jリーグ放送がなくなった

最近やっと観るようになったJリーグ中継だが、今年から外資のDAZN(ダ・ゾーン)に放映権が買収されて、なかなか観られなくなった、特に生放送はほとんどなくなったので悲しい。

だいたいこんな感じで生活しています、以上無職の一日のタイムテーブルでした。

 

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《取次師》無意識を介して宇宙を体現せよ

国矢眼よ、苦しいか

 

主さま( ..)

 

キナッピは大丈夫じゃ、もともと生命のものではない

元いた場所に帰っただけじゃて、本当の絶望はお前には迫らんようにわしが抑えとる。

 

本当の絶望ですか?

 

まだお前は知らんでもよい、もう少しニートが長くなったらな、嫌でもわかってこようて。

世界の奥底には真の絶望が眠っとるんじゃ。

性善説とでもいおうか、人間は皆の、どこか楽観的じゃからな、神様がおるとか、見えない世界が正義の味方のように思っとるわな、でもそこに真実はないんじゃ。

真実はとても暗く、冷たい。

信じたくないなら信じなくてよい、お前なんてわし等から見れば、ほんに明るく見える。

明暗を超えた闇というのが世界の本質にあるということだけを覚えておきなさい。そして、その対極なる明もある、しかしの、世界の奥底にある冷たさの対はないんじゃ、対に当たるものが個人の心とおきかえてもいいかもしれん。

宇宙は冷酷に、ただ黙々と執行しとる、それがどんな残酷なことであろうともな。

 

 

私には難しすぎます、なんでそんなことが・・・

 

わしは神じゃからな、しかしワシはおぬしの無意識とつながっておる。

おぬしが取次氏を介してわしとつながる時、誰もわからなかったこの世が、ぼんやりと輪郭をあらわす。

国矢眼介よ、取り次ぐものよ、世界の闇は闇の形をしていない、世界の明は、闇の形すらたたえる。

もし闇に出会うことがあれば、そこに立ち止まりなさい、立ち止まって、そこに留まりなさい。おまんにはそれが分かるじゃろう、それはもっとも世界の真理に近いところにおるということじゃ。

いずれ化学でも解き明かされるじゃろうがの、まだ先のことじゃて。

お前は、ビィパッサナー瞑想修行や滝業で自分を見つめてきたがの、そんなことじゃ世界はなんもみえん、意味をなさんことじゃ。

 

えっあの苦しい修業は無駄だったんですか?

 

無駄じゃ、意味をなさぬものじゃ

 

そんな(´;ω;`)ブワッ

 

お主にはなにも必要なかったということじゃ、生きるんじゃよ。

お主に取次師が肩を並べたとき、わし等でも見えておらんかった無意識を体現する可能性を秘めておる。

無意識は、神といってもよいじゃろう。

お主を離れ、取次師を離れ、永遠の言葉を現す瞬間を秘めているということじゃ。
お主が死を迎える日が来ても、科学を先どったお主の感覚は、取次師に引き継がれ、世界を変える日がくるじゃろう。

わし等の仕事はそこにあるのじゃからな、

お主が自分を責めすぎないよう、適度に責めるように調整しておる。

 

えっ・・・あっ・どうしてそんな

 

お主の創造が、わしらを救う。

そして社会性にも恵まれなかったお主をも救うことになるやもしれん、わしが決めていくことでもあるんじゃがな。

国矢眼よ、これから先は人類未踏の領域にせまっていくことになるやもしれん。

遠い昔、幾人もの聖者たちが挑んできた道、恐れずいかれよ、お主は無意識(宇宙)を体現できる。

世界の果ての冷たさを知るには、温もりもまた必要じゃて、焦ることも恐れることもない、世界の冷たさに出会ったときは見つめなさい。

見つめて・・・

・・・

 

・・・

この世の果ての・・・

 

・・冷たさ・・・

 

(`・ω・´)

 

つづき

前回

 

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子供には努力しろなんて教えるな、努力しても無駄にゃ~、自分が壊れるにゃ~

人は才能のある分野でしか成功することはできない。

私がデイトレや株にことごとく失敗したのも、才能がなかったからだ。

私がなぜこのような考えになったのかといえば、本当に努力している(行動している)人を見てきたからだ。

 

本当の努力とは、人の2倍3倍の行動ではない。

例えば営業ならば人の100倍以上、例によっては1000倍以上をやるということだと思う。

しかし、能力が普通の人よりも劣る人が、努力をしたから優秀になるとは限らない。

また、恐ろしいのが、それでも努力を続ける人の例だ。

 

努力をすることの危険性

圧倒的な努力をすれば、簡単に自分の運命すら変えられる場合も多いのも事実だ。

しかし、問題なのは

  • そのころには自分の心はもたなくなっている
  • 本来の自分を見失っていく

可能性が高いということである。

トータル的には、人生にマイナスになる例を少なからず見てきた。

本当の努力というのは、極めて危険な行動の一つだと思っている。

 

私が考える、成功に必要な条件

人の成功には

  1. そのことが楽しくて仕方ない
  2. 正しい努力ができる
  3. その分野での頭の良さがある

という3つの条件が関わっていると、自分の経験上考えている。

1があれば、簡単にその分野で成功し、天才と呼ばれるだろうが、1を持つ人はまれだ。

 

必須なのは2と3ということになる。

大相撲の相撲中継を見ていると、舞の海さんが、

「ただ稽古するだけじゃなくて考えて稽古しないとダメだ」

とよくおっしゃられている。

それに賛同する解説者の方も多い。

いくら努力をしても、自己満足では意味がない。

こちらも、大相撲解説のゲストだった時のコメントだと思うが、

引退されたボクシング元世界王者、長谷川穂積さんも、

「自分は勉強はできなかったけど、ボクシングの頭は良かった、それが役に立った」

という話をされていた。

 

自分は努力で全てが変えられると思っていた

私は昔から万能な人にあこがれを持っていた。

そしてくそ真面目な私は、学校や周りの人から言われた、

努力すれば、行動すれば成功できる

という言葉だけを信じて、自分を変えようとしたこともあった。

何事も要領が悪くて、何事も上手くはできない、評価がなかなかあがらない、そんな普通以下の自分というのが嫌だった。だから、小・中学生ぐらいに感じたその感情を努力で変えていく、違う人間になりたいというような思いを、ずっと持っていたと思う。

今でこそ買わなくなったが、昔は自己啓発本ばかりを読み漁って、圧倒的なインプットを圧倒的なアウトプットに転化していくことで、爆発的な行動に変えようとしてきた。

 

今ではハッキリと分かる、私の生き方は失敗だった。

人は生まれながらのキャラクターに従順でいいと思う。

無責任に努力すれば変われるとか、優秀な人間になれなんて言わないでほしい、教えないでほしい。

 

初めから自分らしさを大切にできていれば

私も自分らしさを大切にして生きることができていれば、心を病むことはなかったのではないだろうか。

身の丈に合った居場所を見つけられたかもしれない。

 

33歳で、9割方の選択肢が消えようとしている今、それでも動けないようなことにはならなかったのではないか。

生まれながらの自分のままで、出会うべき人に出会って、そんな環境を大事に守っていくという生き方ができなかった。

 

「大器晩成」の本当の意味

大器晩成の本当の意味をご存じだろうか。

この言葉は、中国古代思想の巨人、老子が語ったとされる言葉である、「大器免成」という言葉がもとになっている。

老子の本を一冊でも読めば、その思想が物事を積み上げていくようなものではないことが分かる。

無為自然、どちらかというと、運命論に近いものを感じる。

「大器免成」、この言葉の本当の意味は、

自分が本当に大きな(数百キロ以上など)器の中の、真ん中に立っていれば、その器の形は分からない

という背景から、

真の大器は、これは~だと断定できるようなものではない。したがって大器は成すことがない

というような意味になる。

私たちが、普段つかう言葉の意味とは全く違うことが分かる。

 

私が尊敬する孔子も、

あまりにも早熟すぎるのも問題だが、40歳になっても天下に名が知れないような者、これもまた大した人物にはなりえない

というようなことをいっている。

 

エジソンが語った

1パーセントのひらめきと、99パーセントの努力

という言葉も

99パーセントといえるぐらいの、膨大なスタッフや助手のお蔭で、私は1パーセントの発想に全力で取り組める

という意味だが、間違って解釈されている。

 

つまりエジソンという世紀の才能がないと、なにも生まれないのだ。

それぐらい、エジソンの実験室は大規模なものだったのである。

陸上ハードルの為末大選手も、北野武監督も、同じようなことをいっている。

自分は天才だったからできたけど、普通は無理だと。

 

大器は最初から大器

これが真実の言葉であり、解釈である

私が嘘をいっていないことは少し調べればお分かりだろう、大衆は常に理想を掲げ、間違った解釈を続けるのだ。

もうお気づきだろうか、大器は晩成しない。

大器は最初から大器なのである。

 

ほとんどの人は凡人なのに、どうして多くを求めるのか

凡人のための教育をして欲しい

なにも分からない子供が夢を語るのは自由だ、しかし

  • コツコツ続ければ成功する
  • 努力をしろ

と周囲の大人たちがまくしたてることで、その子供らしさは破壊されていくのではないだろうか。

 

  • 君はそのままで素晴らしい
  • あなたが出会った人を、大切にして生きなさい

どうして、このような言葉をかけてくれないのだろうか。

 

どうして、

天才たちが語った有益な言葉を、頑張らせるためにすり替えたように使うのだろうか。

まだ飽き足らずに、無能なうえに打ちひしがれた人間を量産したいのだろうか。

私は警鐘を鳴らしたい、頑張ればできると思ってしまった一人として・・・・。

 

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自分の肩書を考えてみた”無職兼、底辺ブロガーおよび自称投資アナリスト”

ブログ漬けの毎日を送っている。

こんな生活がいつまで続くのか、やめない限りはずっと続くのだろう。

それでも、私の頭の中から書くことに窮するということはないようだ、まだわからないけど、恐らくそうだろうと思う。

私の生い立ちから、100人に一人ぐらいの適性はあるはずなのだ(現代文はいつも一番だった)。

ブログを開始して一カ月半程、まだまだ

  • できないこと

  • 分からないこと

  • 書く苦しみ

がたくさんあるけれど、自分はブロガーとしてずっとやっていきたい、そう思うようになってきた。

ああ、これはもしかしたら、もしかするぞというか。

これは自分の居場所なんじゃないかというか、そんな気がし始めてる。

ずっとできるかどうかは分からないけど、燃え尽きるなら燃え尽きるで、1年間でもできれば人生が変わりそうな可能性を感じるのだ。

資金が続く限りは諦めずにやってみようかな、という気持ちになっている。

ハッキリ言ってしんどい、お金をだして、経費を使って

  • ドメイン

  • サーバー

を借りているわけで、それが回収できるという保証もないし、まだ大きな反響があるわけでもない。

あるいは一生ないのかもしれない。

自営業の人や、自分の店舗を持っている方の気持ちが少し分かった気がする、私には現実の店舗はとても勤まらない。

それでも先日、目標を整理できたことが大きかった。

これぐらいの目標なら、向かっていけるのかもしれない、そう思えた。

反響はまだないけど、毎日

  • 書いて
  • 悩んで

してるうちにブログ運営の能力が上がっていることは、自分で感じることができるから。

これは資質をはかる上では、大きなことだと思う。

自分が正しいところに向かっているのか、そうでないのか、誰も教わる人がいないので自分で判断しなければいけない。

自分の肩書を考えてみる

自分の肩書が欲しいなと思った、

  • 無職であること(無職が書いているブログがメイン、タイトル名にも)
  • 株ブログもやっている(今後さらに増資も)

ということで、

”無職兼、底辺ブロガーおよび自称投資アナリスト”

ということにとりあえずしておこう。

成功していけば、ゆくゆくは

ブロガーおよび投資アナリスト

ということになるかもしれない。それが、今の自分の目指すところだ。

勝手に自称で情報を発信できるのだ、良い時代になったものである。

このブログの今後について

波がありながらもなんとか立ち上げられた、記事数は70となった。

いろんなブログやサイトを参考にして、

  • 無駄な部分を排したり

  • デザインをデフォルトに戻す

という作業をやってみたこともあり、なんとなくブログらしくなってきた気がする。

写真メインや、イラストメイン、デザインメインなど色々なブログがあるけれど

自分の一番の強みは文章だろうから、それをどうやって見せていくか

というところに落ち着いてきたかな、という感じだ。

内容の方向性としては

  • 日記および出来事

  • ブログ運営のこと

  • 自己啓発や情報

  • 創作など

あたりが主力コンテンツにはなってくるだろうけど、

できれば、今後は自己啓発や情報を積極的に取り扱っていきたい。

今はこれしかできないから仕方ないことではあるが、若干、自己満足的な記事を続けている気もしているためだ。

将来的に、あるていどお金がまわりだせば、気になったことを取材して情報を発信できれば最高である。

少しづつ、文章量を増やしていきたい

質もそうだが、なによりも1記事にたいする文章量を増やしていきたいと考えている。

そのことが、後々の質を生むことになるのではないかと思うし、時間をかけられるのが無職の特権なのだから。

今はまだ1500文字ぐらいしか書けないのが普通ではあるけれど、確実に一月前よりも増えてきており、これは検索順位にも良い影響をあたえるようだ。

今後は、2000文字、2500文字と容量を増やしていきたい

今後とも、『風の谷の無職』をよろしくお願いします。

 

 

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デイトレ退場で人は変わるのか 変わらないのか

デイトレ退場で人は変わってしまうのだろうか

今日の話は、別にデイトレを退場したことによる生活の変化ではない。

 

デイトレ退場は劇薬になりえるか?

多額の資産を一気になくすことが、性格を変えてしまうほどの劇薬になりえるのではないかという話だ。

資産がみるみる減っていく状況を目の当たりにすること、と置き換えてもいいだろう。

それはある意味では、自分が引き起こした津波に、自らがのまれるようなものだ。

人が変わる、というのは難しい。

どんなに病気になっても、20歳になっても、30歳になっても、人はなかなか変われるものではないだろう。

それが今、人生で初めて、自身の変化を感じているのである。

デイトレ退場後の2,3か月間に大きな変化を感じ、それが持続しているため、私は変わったといえるのではないだろうか。

 

なぜ変わったのか

トータル300万円以上という損失を出した私だが、損失のほとんどが去年の年末から年始にかけてに集中しており、

  • それを取り返そうとしたこと
  • 自暴自棄になり、トレードを続けたこと

などから、

一月に100万円以上の最高損失額を記録した。

 

一度に大金を失った。

庶民の私にとっては、100万円は大金であり、毎日命がけでタクシーに乗務して貯めたお金である。

今では、受け入れられたような気がしているが、その衝撃は経験したことのないような痛みを伴った。多額の資金を失ったことで変わった、ということで間違えないだろうと思う。

 

なにが、どう変わったのか

音楽の好みが変わった

まず一番最初に意識したのが、音楽の好みが変わってきたということだ。

デイトレ退場前後の私は、プリンスに夢中になっており、よくCDをレンタルして聞いていたのだが、今ではあまり聴かなくなってしまった。

いや、プリンスだけではない、今まで聴く機会の多かった音楽をあまり聴かなくなった代わりに、ほこりをかぶっていたようなCDがいいと思えるようになったりと、好みがガラッと変わってしまったのだ。

 

(以前よりも)人の気持ちを考えるようになった

これも、今は人と接することが少ないのだけれど、少しだけ人との間にあった溝が埋まったような気がしている。

そのことで、人が望むことなどに昔よりも敏感になってきたような気がする。

興味深いことに、どうやらこれらの変化は一時的でものではないようだ。

 

私が失った300万円があれば、なにができただろうか。

あれもできた、これも買えた、あそこにも行けたと想像が膨らむ。

では、その価値があるものを一気になくした私には何も残らずにゼロになったのだろうか。

 

それは正しくないと思う

利益を出している方から見れば、なにをほざいているんだと思うかもしれない。

しかし、宇宙は、その大きなよどみをゼロにはできないのではないか。

 

何一つ無駄にはなっていないのではないか

私が損をしたという経験は、そのまま宙ぶらりんになって、なかったこととは決してならない。

それがいいことにつながるか、悪いことになるかはわからないけど、正確に300万円分の影響(良くも悪くも)を私に与えているのではないか?今はそう考えている。

それは物事が変化するという意味で、成長なのではないだろうか。

私は300万円がないとできない経験をしたのだから

それは、

  • 無理やりでも思おうとしている
  • 私が弱い

だけなのだろうか。

 

まとめ

私は、自らの能力不足から、間違った方法でトレードしたことによる原因から、多額の損失を得た。

では、多額の損失を得たことの結果とはなんだろうか。私の絶望感を生んだだけだろうか。いや、影は、光のあるところにしか存在できないはずだ。それは、なんなのだろうか。

それが、自分の変化の原因ではないだろうか、今はそう考えている。

 

 

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今後のブログ目標をたててみた

毎日、記事を書いていくのが体力的にきつくなってきた

まだ頭ではネタがあるつもりだし、たぶん書けないということはないと思うけど、それでも就職していると思えば、これからが本番であると思う。

いざとなれば、記事のストックもいくつかあるわけだから、休んでもいい。

365日書けなくても、更新さえしっかりすればいいことだ。

今後のブログ目標

今後については、無駄に焦っても仕方ないけど、どうしても結果を求めてしまうというのがある。

昨日も株サイトで、ワンクリックが発生

昨日、株サイトが一日に100円以上稼いで、このサイトを抜いてきた。

広告によって、単価が全然違うようで、10円ぐらいのものもあれば、100円のものもあるようだ。

株サイトは、ライブドアの無料ブログだけど、どうしていくのか考えないといけない

とりあえず様子をみて、収益的にピンハネが不利になるのか、それともSEO的にみて有利に働いてくるのか、注視していきたい。

このサイトが独自ドメインなので、いまは様子をみてもいいというのもあるし、ドメインぐらいはとっておいて、ゆっくりサイト作成に取り組んでもいいかもしれない。

いずれは独自ドメインでということになると思う

ワールドプレスでいくか、HTMLとCSSで構築するかは迷うところだ。

長期的には移動すると思うが、それでサイトの数が増えるということは悪いことではないだろう。

将来的には、4つ、5つとサイトを増やしていく必要がある。

そういった意味では、無料ブログの特徴やデメリットを把握しておくのも悪くはないだろうし、全てにお金はかけれないだろうから、無料ブログもうまく使っていきたい。

適切なタイミングでの移動がもっとも重要なことだろう。

収益の目標を設置してみる

ブログ運営は、最低数カ月単位の継続が必要だ。

その意味では焦っても良いことはないと思う。どれだけじっくり取り組めるのか、自分にはあまりない能力かもしれない。

無駄に焦らないためにも、ここで目標を整理したい

おそらく、ブログの世界ではで有名であろうこちらのサイトを引用させてもらうと、

ブログの平均的な収益がよくわかる

私が目指すのは、右から二列目の収益平均値ではなく、収益中央値

だろうと思う。サイトから引用させてもらうと、

稼げるブログが平均値を引き上げている傾向が見られます。稼げるブログのパターンは後述しますが、やはりブログ運営の知識を持っている人が運営している場合が多く見られました。

サンプルが50しかない中央値であることを加味すると、ブログ運営のこと(SEO対策・ライティングの知識等)をあまり知らないけど、ネットで記事を読んで勉強しながら頑張った人の場合は半年後にはざっくり月20,000円くらい稼げるようになるのが一般的といった感じでしょうか。

とあるので、私の場合は初心者が2つのサイトを運営しているとして、

中央値×2

の数字を目指したいと思う。

目標PV 目標収益
4月 2,928  ¥1,404
5月 12,658  ¥2,228
6月 37,800  ¥5,950
7月 60,620 ¥ 9,368
8月 100,000 ¥ 41,452
9月 107,434 ¥ 27,822
10月 108,312 ¥ 35,000
11月 230,218 ¥ 44,096
12月 357,634 ¥ 61,642
1月 357,714 ¥ 56,688
2月 415,736 ¥ 67,018
3月 470,538 ¥ 80,236

という目標になり、やはりブログ成功には長い期間が必要であるが、1年後にはなんとか生活費を稼げるぐらいにはなる計算だ。

12カ月の合計収益が¥432,904となるので、生活費を補いながら一年間頑張ればいいわけだ。

決して無理な目標をたてているわけではないので、実現可能ではないかと考える。

株サイトが平均収益額ほど収益を伸ばし、このサイトが中央値を下回っても目標に達する

というような構図が理想だろう。

すでに4月の目標収益は達した

ので、8月の大台に向けての下地作りをやっていきたいと思う。

今後は、このページを振り返りながら、燃え尽きないように頑張っていきたいと思う。

 

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インド旅行記8

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-ブッダガヤー-

5月27日

街ではブッダの誕生日を迎えて、朝からお祭りモードである。昨日、ブライアンに聞かなかったらなんのことか分からなかったところだ、様々な衣装をまとった団体が、旗を持って行進していく、目指すはマハボディー寺院だろう。なぜ今インドに来なければならなかったのか、その答えがようやく分かった気がした、私は釈迦に呼ばれたのかもしれない。

体調は相変わらず良くない、下痢で放屁しただけでパンツを二度もぬらす、ズボンまでいかなかったのが奇跡としか思えなかった。気分の悪さと、ドミトリーの非衛生さに耐えられず、シングルルームに移る。なんとか6月1日か、2日の便で日本へ発ちたいと思う。

28日

もう何日間、咳で苦しんだだろう、胸をつくかつてない咳に私はもだえ苦しんだ。現地のや薬局で薬を入手し、飲み続けているのだが治らない、もう長いこと観光も人との会話も、絵にも距離をおいてしまっている。ブッダガヤーに来て2日目からまったく寝てばかりである。

29日

朝起きてみてようやく回復を実感できる。絵も描けそうなので、マハボーディー寺院を描きに行く、おそらくこの旅最後の作品になるであろう。私が途中で旅を終えてしまったことを、自分自身に納得させるような絵が描きたかったが、それはこの体調の中、困難なことのように思われた。

描きはじめるとすぐに子供詐欺師を呼び寄せてしまう、しかし、私が行かないというとやはり子供だ、待っているといったものの30分も待ちきれずに何処かへ行ってしまった。この街には日本語堪能な人が多く、おそらくシーズン中はツアーなどが多いのだろう。二時間後、なんとか完成したが、右手の震えがあって、少し淡く弱々しい感じの絵になったが、今の実力は出せているし、一生懸命集中できたことは絵から伝わってくる。右手の震えは耳の不調のせいだろうか、ずっと右耳にフィルターがかかっているような、もう何日も耳ぬきができない、はやく耳鼻科を受診したいものだ、これがなければおそらくバラナシ行きを選択したんだろうと思う。

とりあえず、絵の仕上がりに満足した私は、ホテルに戻って水シャワーをあび、持ってきていた「深夜特急1」を少しだけ読んでから街へ出る。常連となっているフジヤレストランへ行って、サンドイッチを食べた。帰り際子供から

「ヘイ、トモダチ」

と声がかかる、何事かと思うと

「ボール!ボール」

と言っているようだ、私から少し離れた広場にボールが転がっていた。なるほど日本語で叫べば気付いて、取ってくれると思ったのだろう、私は笑いながらボールを投げると、少年の頭を大きく超えていった。二人とも笑顔になったが、その後肩を壊して冷えたペットボトルで冷やすのだった。昨日まで、顔色悪いとか、やせたとか、まるで病人扱いだった私は、いよいよ復調しつつあるようだ。その分、街の人たちが私に心を開いてくれているのだろう、やはり体調次第だなと改めて感じた。

まだ観光する気力も戻らないので、私はホテルでゴロゴロしたりして、夕食後にはウロウロ起きてレストランを目指す。まるで日本の無職状態だなと思って、自分でも可笑しかった。

新しく見つけたレストランには日本語の上手い23歳の若者がいた、話してみると関西の鉄道や地理など、私より知識を持っていて驚かされた。

しかも彼は、東北、青森から九州の鹿児島まで、私が行ったことがない土地も回っているらしい、それもそのはずで、彼の妻は日本人らしいのだ。

年は26歳で京大卒、このレストランで出会ったという。たしかに日本語堪能で、なかなか深い話が自然とできる彼に、心を開くのも分かる気がした、思い切りの良い日本人もいるものだ。彼も日本に住みたかったが、やはり馴染めないようで、今は妻と娘二人を日本に残し、行ったり来たりしているらしい。

彼にジャニーズのことなどを教えてもらったり、私がヒンドゥー教についての知識を話すと、君のように説明できた人は初めてだと感心された。私の方も、異教とはいえ、よりよく生きるための宗教を実践しているインドという国に感心した。厳しく、貧しく、哲学的な人々の中から、無数の教えが発生していったのだ。

私は一通り話をしながらチョーメンを食べ、ホテルに戻った、チョーメンはコルカタの屋台で食べたものの方が、はるかに美味しかった。

短いような長い滞在を終え、明日はデリーに向けて出発である。

つづき

※画像はブッダが骨と皮になるまで瞑想し、スジャータのミルク粥で命を救われた前正覚山と悟りを開いた場所にある菩提樹。

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