中国のカラオケに行く、怒涛のスケジュールの土曜日。

中国語を教えてもらう⇒昼飯⇒カラオケ⇒夕食

3年生の男の子から寮で中国語を習ってから、女の子と合流して、そのまま昼ご飯⇒カラオケと行ってきました。

↑映画館併設のカラオケにあった、いかにもLINEキャラのパクリの巨大ぬいぐるみ。

その後、今から1年生との夕食を控えて体を休めております。3年生も参加したいというので、1年生に確認したところ、3年生も参加することになったようです。

3年生は

「先生が日本人だから人気がありまぁす」

という風な少しドライな見方をしているのですが、1年生からのクニヤメフィーバーは続いており、断る時断らないと、スマホで

「先生と毎日昼ご飯を食べる。いいですか?」

という画面を見せられたりします。そのたびに

「ふ~やれやれうぃ~、ちみちみ、ちみね。先生は君一人の物じゃないんだから、少し控えるということを勉強しなさいようぃ~」

などといって、

「じゃ君と毎週水曜日だけ食べよう。」

などというと、相手はもう嬉しさ隠せずに飛ぶように駆けていきます。

あ~人気者がこんなに辛かったとは、34年生きてきて初めて知りました。

私の幸せはお金ではなかったのかもしれない

他人から必要とされる、そのことがこんなに幸せだったとは、考えてもいませんでした。私はずっとすべてはお金で買えると思っていたし、幸せもそうだと思っていました。

四平市にきてすぐ、授業の準備のあまりに大変さに、どやってバックレようかと考え始めていました。それは、10万円に満たないような薄給でこんなこと続けてられないと思ったからです。それは、それまでの自分の価値観からすれば当然のことで、タクシーぐらい大変なのにどうして35万もらえないのだ!と思ってしまったのです。

結果的には、これがもし国内の仕事であればすぐにバックレていいただろうと思います、しかし中国ということで、バックレるにはあまりにもリスクが伴いました。それで、私はなんとか一週間を踏みとどまり、二週間目に移行することができました。メンタルの弱い私ですから、今後も油断はできないと思っているし、とても不安的な時期も迎えるでしょう。しかし、自分の幸せがお金では買えないものなのかもしれない、他人から必要とされることなのかもしれないと思えたのは、二週間の大きな収穫でした。

私は四平市というところがだんだん好きになってきました、そして生徒のことが大好きです。

ばっくれメーター 292

毎日/授業の準備とプレッシャー。-5

生徒から中国語を習う。+5

けっこう体がしんどい、寝れる時に寝ないといつか倒れると思う。-5

カラオケで歌える日本語の曲が少なく逆に疲れる -10

しかし生徒が本当に嬉しそうで良かった +10

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生徒から手紙や苺などをもらいました。

↑具の魚は絶品でした。スープも日本人の口に合います。

 

怒涛の如くの一週間が終わりました。授業や生活に少しずつ慣れを感じながら、それでも授業は出口の見えないトンネルの中のようで、まだまだこれから試行錯誤の日々が続くのだろうと思います。授業の時間は多くはないのですが、準備などを入れると一日のほとんどを、生徒のために働いている感じです。

今日は生徒からメッセージ付きの苺一パックをもらいました。先日も手紙の付いた水(未開封のペットボトル)をもらいました。皆自然に私を喜ばせようと創意工夫をして、いろいろなことをしてくれます。

一年生と鍋に行きました

ハッキリ言って食事を断るのが大変な状況になっており、今日のお昼は初めて一年生が外へ食べに連れていってくれました。魚の鍋料理なのですが、辛くなくてとても美味しいです。女の子4人と一緒に行ったのですが、私が風の谷で一年間暮らす中で、家を訪れた女性が婦人警官(向かいの部屋で女性の叫び声がしたということで)だけだったことを思うと、あまり現実感がありませんでした。

彼女達はまだ日本語が話せません、私も中国語がほとんどできませんので、ほとんどまともな会話はできないのに、

「先生のことが大好きだ」「明日は空いているか?明後日ならいいか?」

と言ってくれて、私がその場にいるだけで楽しそうですし、実際に楽しいのだと思います。私は?という感じなのですが、なんとか若いエネルギーに頑張ってついていくという感じです。

そもそも私は、日本ではうぃ~として社会の底辺に追いやられ、引越やタクドラとして罵声を浴び痛づけた人間です。。その自分が先生と言われ続けてどうしたものか?と考えるものの、生徒にとってはどうあがいても私は非うぃ~となるのです。したがって私は、個人で寮にいる時は深いうぃ~の海に沈みながら自らを戒めるものの、生徒の前では非うぃ~としてふるまうべきではないかと思っています。これは日本にいる時から考えていたことですが、生徒との交流を通して、今自分が非うぃ~を演じる必要があると感じています。

食事は全部おごってくれます

日本だと信じられないのですが、食事は気づかないうちに生徒がすべて払っていることが多いです、財布すら出しません。多分スマホで決済しているのでしょうけど、今回も途中で席を立って会計をしたのだと思います。割り勘なのか、だれが払っているのかも分かりません。

そしてその後、お茶屋さんに入ったので少しごねても、払わせてくれません( ;∀;)また驕りです。まるで先生に食事をおごることが喜びだと言わんばかりの雰囲気なので、私はそういう雰囲気の時はもう生徒に任せることに決めました。現金決算じゃないので非常に難しいです。

いつか、もう少し生活に慣れた時、その時に周りにいる生徒に少しずつ返していこうと思います。もちろん受け取ってくれる生徒がいればお金は出すようにしていますが、生徒は教師におごる時だけは、急にスマートな金持ちになります。

ばっくれメーター 297

毎日/授業の準備とプレッシャー。-5

一年生との食事、会話は分からないけど楽しかった。+15

一週間の授業の疲れで、アンナから「あなたとても疲れているように見えるわ」と言われる。-15

苺と手紙をもらう。先日も手紙。+10

 

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生徒とのWeChat地獄の日々が始まりました。

朝起きると、一面が雪景色でした。

昨日は、生徒はほとんどの人がライトダウンしか着ていなかったので、さすがに私はガッツリダウンを見直そうかと思っていたのですが、今日起きると一面雪景色で、皆雪かきに追われていました。まだまだガッツリダウンが必要な季節の様です。

吉林省の気候はやはり伊達じゃないですね、しかし今日は30センチ以上積った雪がかなり解けているので、氷点下ではなかったのでしょう。それでも、大陸の風はものすごい時があって、昼までも体感温度が相当低いことがあります。

私のWeChatが生徒の間で拡散しています。

中国版LINEともいえる存在のWeChatですが、その存在はline以上のものがありそうです。通話と言えばWeChatの方が身近のようですし、どうやら電子マネー的な役割も果たしているのではないかという気がしています。これはもっと生活に精通しないと分からないことですが、中国では現金払いが半分もないぐらいで、学食で現金を払っている生徒を見ることは稀です。それぞれの品の前に、スマホ用の決算画面が何個もあって、決算したら大きな音が鳴って、それを聞いた店員は盛り付けや料理を始めます。

何人かの生徒に教えたWeChatアカウントが、今日本語の生徒の間で急速に拡散しており、おそらく70人ぐらいの全学年、日本語学課生徒の半分以上が私の連絡を把握している状態になりました。なので、今日も数十人と同時にWeChatをするという事態になり、週末は

  • 3年生から中国語を教えてもらう
  • 3年生とカラオケ
  • 2年生と食事
  • 1年生と食事

という怒涛のスケジュールになるかもしれません。

忙しすぎる場合は断ろうと思いますが、WeChatも食事も外国人教師の大事な仕事なのかなと。一人で食べるのも寂しくて美味しくないし、やはり可能な限り顔は出そうと思っています。まぁ今週に限っては一人しかいない日本人教師を取り合うような状況になっているので、ある意味ではこの時期だけのビギナーズラックみたいなものかもしれません。

まだまだ自分と言う人間を知らない

私は、自分の事を利己的な人間だと考えてきました。しかし、今日いつも面倒を見てくれる優秀な3年生の生徒から

「大分の温泉に研修に行けることになって、夏から半年研修にいけるかもしれない」

という報告を受けて、なんだか異常に嬉しい自分がいるのです。これはなんという気持ちなんでしょうか、もちろん彼女は毎日のようにメッセージをやり取りしてくれるし、食事も一緒にしてくれるので寂しさもあるのですが、そんなことは全く問題にならない位、彼女が行きたい国に行けるというのが、本当にこの上もなく嬉しくて、私は何度も良かった良かったと彼女にいいました。

この気持ちはなんでしょうか?これが2,3年前まで毎日のように、死にたいと死にたいと思っていた人間が感じる気持ちなのでしょうか?出家したいと思っている人間が感じることなのでしょうか?この暖かい気持ち・・・・これが愛なのかもしれません、私はたしかに自分の事とは関係なしに、生徒のことを喜べているのです。自分だけの幸せは虚しいモノなのかもしれません、この幸せをここで働き続ければもっと得られるものなのでしょうか?私には分かりません。

その生徒の給料が自分より良くて、馬鹿にされたのは少し残念ですが、私は親に日本への進学を反対されていた彼女が、少しでも日本に行けることがこの上もなく嬉しく、今日はとても幸せな日でした。

ばっくれメーター 292

毎日/授業の準備とプレッシャー。-5

会話の授業を思い切って、テキストを離れ、生徒とのフリートークにするも迷走が続く。-5

疲れで視力が出ない日々が続く。 -10

生徒とのうぃ~チャット連絡先が40件を突破 +10

生徒から日本に行けるかもしれない報告 +30

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生徒から、先生はカッコいいと言われるのですが・・・・

↑中国人生徒は一年生であろうと、教師を初めて食事に誘う時、学食に連れていったりはしない。必ずなにが食べたいか丁寧に聴きながら、学外へ連れ出して自慢のお店に連れていってくれます。この並びの店に入りました、たまたま私が住んでいる留学生寮の前の商店街。

足が臭いんですうぃ~、猛烈に足の裏が臭いうぃ~なんですうぃ~。

手のひらにも汗疹ができているんです、たぶんプレッシャーから猛烈に変な汗をかいているんだと思います。ただでさえ、足の裏に汗をかきやすいのに、今は革靴で立ちっぱだし、寮の中でも靴ですから。でもこれは、タクシードライバーうぃ~で24時間拘束の時よりはマシですけどね・・・あの時は足の裏にも汗疹ができました。。。

今日は一年生と食事に行きました。

今日は一年生が休憩時間に訪ねてきて、うぃ~チャット(中国版line)の番号を教えてくれと言ってきて、交換しました。男の子なんだけど、3年生の教室に突然入ってきて

「先生、今日お昼をご一緒していいですか」

なんていうもんだから、愛の告白みたいに盛り上がってしまいました。しかも、教室の外には「耳をすませば」の屋上のシーンみたいに、クラス全員がいるんですよ、どこまでこいつら純粋なんだと思いました。

それで待ち合わせ場所にいったら、さぞや一年生がたくさんきているのかと思っていたら、彼一人でした💦それでなんとなくホッとはしたんですけどね。食事に誘われるのは良いことです。

それで話していると、というか一年生はまだ1年も勉強していないので通訳アプリとかを使うんですけど、

「先生は私のクラスでとても人気があります」

というようなことを言うわけです、それで私は1年生は週一しか授業がないし、まだ一度しか授業していない、あなたたちにはなにもしていませんというと、

「先生がカッコいいから人気があります」

と言う。

???

出ました、ここ2,3年で一番謎の言葉です。自分にあったことがある人なら分かると思うけど、決してかっこよくはない。身長は174センチだけど、顔は良くない。自慢じゃないけど、ベトナムでは皆にカッコいいと言われました、それはベトナムなどの東南アジアでは色が白い人がモテるから、顔のつくりはあまり関係ありません。その傾向は、カンボジアでも、タイでも同じだと思います。

けれど、事前情報では中国人は美的センスが日本人と同じだと聞いていました。なので、私の様に日本でキモメンの人間は中国でもキモメンだし、そこは変わらないと思います。中国人は色白だし、過去の旅行でもカッコいいなんて言われたことはないですからね。

おせじが文化みたいなもの

おそらく日本人に対するあこがれから、一種の+補正が自分にかかっているのだろうと予想します。あと半分はお世辞ですね、今日以外でも個人的にはけっこう言われたことがあるし、そういうことを割と自然と言い合う文化があるんだと思います。そういわれると、自分も

「カッコいい」「可愛い」

で返したくなるのもまた人情ですよね。

ばっくれメーター 272

毎日/授業の準備とプレッシャー。-5

二年生の会話の授業、どう考えてもテキストだけでは時間があまり、途方に暮れている。-20

昼寝で2時間ほどガッツリ寝る。+10

一年生と食事。+10

↑彼の紹介で10人ほどのうぃ~チャット連絡先を交換する。+10

外教会議に参加(すべて英語で一人だけ、日本語⇒中国語⇒英語の通訳2人がつく)

少しだけ、環境と生活に慣れを感じる。+5

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私は中国の国立大学ではなく、個人に雇われているようだ。

↑朝起きた時、ストレスで限界だったためか、自分の顔がこう見えました。。。なので、そのままを描きました。

日本語を聴くと涙が溢れるんですうぃ~

先週、パソコンが壊れて精神的にもバックレ手法を模索し始めていた頃、スカイプで母と連絡する必要(書類の取り寄せ)があって、連絡をしました。母の声を聴いた瞬間に、あんなことは初めてなんですが、涙が流れました。

なにやら苦しみうぃ~やら、情けないうぃ~が極限にまで達して、自然と涙うぃ~が流れたんだと思います。ほとんど音波が悪くて聞えなかったのも、また哀愁を誘ったんだと思いますが、私はその後大泣きしていまったんですよね。あれから約一週間、あれほど不安定な心持ではなくて、今は一年のうぃ~生活に向けて、気持ちを落ち着かせる自分がいます。

最後の雨

今日も1~4時間目(しかもすべて会話の授業)のぶっ通し授業を八時に控え、心の中ではプレッシャーで限界の中、ウォークマンで「最後の雨」を聞いていたら、歩きながらいつの間にか泣いていました。通勤中に風でゴミが入ったふりをしてなんとかハンカチで拭ったのですが、やはりこういうことが続くと、精神的にはかなり追い込まれているうぃ~なのが見えるというものです。

昨日は初めて日本人に会いました。

昨日は初めて日本人に会いました。食堂で私の面倒を見るうぃ~役にされている女生徒2人とご飯を食べているのですが、彼女達と話しているといきなり話しかけられたんですよね。

それで先生は吉林○○うぃ~大学の日本語教師だとおっしゃる、私は意味が分からなくなって、

「なんで先生と今まで合わなかった、日本人は一人もいないと聞いていましたうぃ~」

というと、先生は○○学院の先生ですから、吉林○○大学は国立ですが、○○学院は私立だとおっしゃる。

????????

一瞬完全に意味が分かりませんでした、私は吉林○○大学と書類のやり取りをしていたし、博達学院?なんて知らんぞ・・・まぁそれは譲ったとしても、国立専用の斡旋業者って書いてたのに・・・・でもこの一週間で私はこの手の話に慣れてしまっていたので、あまり動揺はしなかったけど、給料が少し心配ではあります。

吉林○○大学の中には日本人の先生が何人かいて、学生達は敷居をまたいで授業を受けているらしく、思わず

「それを早く言ってよ~うぃ~」

といってしまった。彼女は、奄美の徳之島出身で2年目らしい、とりあえず連絡先を交換して別れました。

日本人がいる、日本人がいるのだ。日本人の日本語教師専門家うぃ~が複数人いる・・・じゃあ私っていったい?おそらく国立大学である吉林○○大学の中に、そこに入れなかった学生たちが少し高いお金を払って入る○○学院という私大があって、どうやら私はそこで雇われているらしい、、、韓国人の同じ立場の先生に聞くとそうらしいんですね。

とりあえずちゃんと10万円もらえるのか、給料がとても心配です。しかし、いくらでも多分辞めないとは思いますけどね、生きていければ・・・・うぃ~。それぐらいおおらかな気持ちでないと、もうやっていけません。

ばっくれメーター 262

毎日/授業の準備とプレッシャー。-5

鬼門の火曜日をクリアするも疲れ果てる。-15

昼寝をする。+5

日本人教師を発見。+10

国立ではなく、私立だった。-20

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一年超元無職の苦悩と、なおも変わらぬ中国への想い。

↑フォンドゥン(約150円弱)と辞書

無職に戻りたいです

うぃ~、無職うぃ~に戻りて~。

無職飯も辛かったけど、一年強の無職期間は私がもっとも自分らしくいられた時期かもしれない。ブログはどんどんグーグルにも評価されてるし、ツイッターではいつも気にしてくれる人ができた。金にはならなかった、しかし私は大きな財産を手に入れたんだと思います。

授業地獄の日々

それに比べて今は、やることが多すぎて全く余裕のない日々を送っています。とにかく授業の準備が大変、、、授業も立ちっぱなしだから今までの運動不足がたたって一日4時間も授業があればクタクタになって寮に戻り、なかなか動くことができない。しかしそこからがまた地獄で、終わりのない授業の準備が待っています。特に会話の授業などは曲者で、どうやって時間を消化すればいいのかが全く分からない、もともと人前は苦手なので全くもって向いていない。

もう中国語の勉強なんてしてる暇はなくて、とにかく今を踏ん張って明日につなげるということしか自分の頭に描けないし、それをやる価値があるとも思うので、私はバックレずにここで踏ん張ろうと思っている。

もちろん柳の木のようにもろい私なので、このブログがなければすぐに折れていたかもしれない。でも今はブログから自分を客観的に知ることができる、私の心は書くこととともにある、このブログと共にある。

なんとか自分がこの難題を踏みとどまり、一日一日を消化していくことを今は望むのみだ。そうすれば少しずつは慣れていくはずである、いくら人前で話すことが苦手な自分でも、慣れていくはずなのだ。どちらにしても先週が一番きつかった、後は慣れていくだけと信じたい。

中国は自分に合う

やはり中国の水は自分に合う。たとえそれが四平市うぃ~であろうが、東洋のヴェネティアだろうが、香港だろうが、おそらく関係ないのだろうと思う。それはもうほとんど本能的なものなのだろうが、韓国やベトナム、インドでもダメなのだ、中国でないといけない。このいい加減な国に、おそらく真面目過ぎて結局いい加減にみられるような私のどこがマッチするのかが全く分からないのだが、この一週間で少しぐらいのことには動じなくなったよね。

例えば私は国立大学と斡旋業者に聞いていたのだけど、今日聞いた限りでは私立らしいんだけど、もうそんなことでは驚かなくなってしまった。。ああ。また来たか~またそっち系か~というようなものだ。

そのうち余裕もできてくれば中国語学習も再開し、夏休みか冬休みは台湾にでも留学できれば一番いいなと思っている。

ばっくれメーター 287

毎日/授業の準備とプレッシャー。-5

あまりぐっすり寝れない。‐5

従業の準備が忙しい。‐5

授業が難しい。‐5

 

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仁川国際空港(インチョン)での、チケット変更攻防戦。

仁川国際空港(インチョン)

「お客様の場合は、まずは一度航空券をキャンセルなさってから、再度ということになりますので、まずはDeNAトラベルのほうへご連絡なさってから・・・」(英語のイメージです)

「いやいや、いいから長春行きのチケット出せって!!うぃ~」

「そうは言われましても、ここでは処理できませんのでまずはDeNAトラベルに電話していただいてから・・・」(英語のイメージです)

「10万でも、20万円でも買うって!!買うからうぃ~」

インチョン空港の中では、一際決起迫った表情で吠えていたのが私である。もはや空港側もめんどくさかったのだろうと思う、窓口を1Fのあそこにいけだの、3Fの総合窓口に行けだの、かれこれ4,5回もたらい廻しのような扱いを受けていた。

さしあたって、両替の予定もなかったウォンをガッツリと両替して、5日分のプリペイドシムカードを契約したが、もともと予定になかったことなので、たったそれだけのことでも私は非常に気力と決断力を要し、もはや英語を操り航空券を購入することなど無理なのではないかと、諦めかけてもいた。

航空券と言うのは、与えられたスケジュールの全てを利用しなければ、違約金と言うのが発生する可能性もあり、それはご法度なことなのだという。連絡なしに空席になってしまっては、それは航空会社に損害を与えることになるだろうが、そんなことこの事件の前までは考えたこともなかった。だからまず、違約金などの確認をするのが先だと、空港の人達は間違いのないように対応しようとしていたのだろう。

私はなんとか国際電話で連絡をとろうとしたが、もともとIT業界であるDeNAトラベルがすぐに電話に出るとは考えにくかったし、実際に電話はつながらない。念のために親にも頼んで日本から連絡してもらったが、それも本人ではないとダメだと言ってはねつけられたそうだ。

広いインチョン空港を、重い荷物を引きずりながら(たぶん預けるところがあったかもしれない)私は言われるままにカウンター訪問を続けていると、新しい航空券を発券してくれそうなところに行きついた、もしかしたら5万以上、いや7万以上は覚悟しなければならないかもしれない。いや10万円かもしれないとは思いながらも、もはや日本語のネットサイトで不確かな安売り券を買う気にはなれなかったのだ。

不愛想な表情の、若い韓国人の手配人が、何度も渋いい表情をしながら上司に確認している。どうやらなんとか、新しい券を買うことができそうだ。彼女は不満な表情をくずさぬまま、なにやらスマホに韓国語を打ち込み日本語に変換したが、そこには

新しい航空券の発券ができました。この券の変更は不可ですが、今回は追加料金はありません

そう書かれていた。

そそくさと礼を言って立ち去る私が最後に観た彼女の表情は、心もち広角が上がっているように映った。

お知らせ

はてなだけ、なぜかVPN設定をしても管理画面にはいれません。なので、一時的にばっくれメーターをこちらに戻します。

ばっくれメーター 307

毎日/授業の準備とプレッシャー。-5

学生に中国を習い、手ごたえをえる。+5

飯屋に行くのが少し慣れる。 +5

水彩画を少し描く。 +2

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中国四平市入りして3日目には、ばっくれが頭をかすめました。

四平市うぃ~日記

さしあたって、どうやってバックレたものだろうか?

男はすでにばっくれを意識した自分から逃げる風もなく、新たなバックレヘ舵を切ろうとしていた。

しかしそれは無理もないことなのかもしれない。

悪いことに飛行機の乗り継ぎに失敗し、韓国はインチョワン空港に一日幽閉されたのだ。

まだフライトまで、50分以上の時間があるにもかかわらず、

 

finish

の一言で片づけられ、私は人生で初めて土下座をした。

そりゃそうだ、だって長春空港にはわざわざ四平市からお迎えが来ているのだから。

必死の努力も実ってなんとか翌日の航空券を手に入れるも、すでに長春国際空港についたころには、なにが

 

「長い春だ」

などといってふてくされさえもしていた・・・・

男はそれでも130キロも離れた場所から迎えに来た車になんとか乗せられ、それはそれとして四平うぃ~を目指しはした、というよりも目指すほかはなかった。

前日に無駄足をくらったお迎えの二人、今日が雪のために高速道路が使えないことになげいていたので、空気は良くなかった。

ただその重い空気を、同じ外国籍の講師としてやってきたロシア人の美しい女性講師のオーラが中和しているのが見えるようだ。

彼女もまた、モスクワからの24時間にもわたるフライトで疲労困憊していた。

ロシア人の先生も来ているからと、私は午後から夕方まで待たされていたのだが、なんとなく二階の食堂からヒッピーのおっさんをうぃ~を、大学職員が捕獲して連れてきているのが見えたのだが、私の前に現れたのは瞳の青い美しい女性だった。

なんだかもう、疲れ果てておかしくなっているのかもしれない。

名前はアンナと言った、彼女は英語はできるが、私はできない。

それでも私はなんとかコミュニケーションを図るが、高速不使用で3時間もかかる道中の中、運転手以外はみないつの間にか眠っていた。

彼女は留学生の寮に入れられることを嘆いていた、生徒として見られるのが嫌なのだろうが、私はもうどうでもよかった。

一つだけ良いことがあるとしたら、部屋が角部屋だった、しかしそれが良いことだと思ったのは一瞬だった。

カーテンを開けて私は愕然とする、、、、混沌としていたのだ、全てが。

 

私の想像を超える程度に混沌としており、ここで一年も暮らせるはずがない、私はそう思いながらいまいち暖房が分からず、シャワーのお湯も出ずに浴びれず、寒い部屋で凍えるように眠った。

中国人とイングリッシュネーム。イングリッシュネームとはなにか。

 

ドライヤーの爆発とパソコンの故障

次の日からはさらなる地獄が待っていた。

挙げればきりがない、さしあたって初めてドライヤーを使った日に、ドライヤーがバチッという音と共に煙を上げて爆発した、今までの人生で聞いこともない音がした、外見はなんとか保っていたが、まるで考える瞬間を与えない程に

兄貴、あっしはもうダメですうぃ~

というドライヤーの声が聞こえた気がした。

それからほどなくして、今度は命綱であるパソコンが壊れた。

パソコンについては、ただでさえネットワーク環境が崩壊しており、ネット規制でツイッター、line、ヤフー、グーグル、Gメール、すべての検索エンジン、ワードプレス管理画面、はてなの管理画面にアクセスできない(スカイプだけ使える)ことが分かって絶望していたのに、これにパソコンまでが動かなくなったしまって授業を行うことすら困難になってしまった。

うそだろ?嘘だろ?

と私は何度もパソコンをたたいたり、コンセントを変えたりしている途中、またドライヤーの時のように、軽い火花がバチッとなった。

おいてめぇ~中国製だろうがよ~と言いながら必死にパワーボタンを押したが、再びパソコンが息を吹き返すことはなかった。

その後もトラブルは続出した、いきなり朝寝ていると

 

「授業が始まっています」

と電話が鳴ったりしたが、それを

 

「間違ってました、テヘへ」

で済まされた。

視力が急に落ちて仕方なくチャイナうぃ~の眼鏡屋で眼鏡を買った。

それから書類の一つが、あちらの手違いで持ってきてないため、急いで日本から国際便で送ってもらっているが、それが予定通り届かないと、どうやら私は中国にはいられないらしい。

そんなこんなで、怒涛の如く慌ただしい一週間が過ぎていった。

 

四平市で私は泣いています

私の住む留学生寮を出ると、半分ぐらいの確率で日本の有線放送を大音量で流している散髪屋がある。

その前を通るたびに私はなんともいえない感傷に襲われている。

それはまるで、とめどもなく押し寄せる輪廻が、自分をここに運んできたことを正当化するように、意味のない日本の歌を紡いでいた。

 

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