ベトナム(ハノイ)、旅行記のようなモノ3~ノイバイ国際空港~

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ベトナム(ハノイ)、旅行記のようなもの1

 

ハノイ到着

ノイバイ国際空港

出国すると空港内で彼女らを出迎える人が2,3人ある、といっても家族ではなくてベトナム当局関係者の人達といえばいいのだろうか、日本への派遣を斡旋している人たちであろう。

男たちは笑みを浮かべながら彼女らを迎える、部外者の日本人である私はただただおろおろしているばかりだが、不思議と二ユンさん以外の人達の目には私は映っていないかのようだ。私が猿の様に落ち着かずに辺りをうろついていると

「あなたここにいる、分かったか。私たち、今から少し時間かかる」

そういうと隅の方に待機しているように言われ誘導される、私はなんだかスーパーの前で主人の帰りを待っているペットのような気分で、彼女らのイベントが終わるのを待った。

彼女ら帰国した5人がねぎらいを受けると今度は写真撮影が始まった、二ユンさんに後から聞いた話だが、皆出身はバラバラで3人はここハノイ近郊の北部、自分も含めた2人は中部の都市ダナン近郊であるということで、これが今生の別れでもう会うこともないのかもしれない。

写真を撮り終えると男たちはどこかへ行ってしまった、あるいはハノイ近郊の3名を送るのかもしれない。彼女らのバカでかい1年分の荷物をターンテーブルで受け取るとようやく空港を出る、おそらく時刻はもう22時を過ぎていた。なんとなく二ユンさんから皆の情報を聞いたが、男性1人と女性2人のハノイ組については会話する時間もあまりなく、多くのことを知ることなく別れた。

二ユンさんと、もう一人のベトナム人女性は、今日は空港付近で一泊をし、明日の飛行機でダナンに発つそうだ。

もう一人の女性はグエンさんといって齢はやはり23であるという、ほっそりとした手足をもつベトナム人らしいスタイルの女性で、美人であるかは好みの分かれるところだろうが、なかなか素朴でかわいらしいところがある。とても年下とは思えないしっかりしたところがある二ユンさんとは違って、まぁどこにでもいるような女の子なのだろう。

私は空港近くにホテルを予約してあるが、彼女達はホテルを決めていないという、まず彼女らのホテルを確保しようということになったのだが、これになぜ私が参加しているのかがよく分からない。これもすべては二ユンさんの信じられないようなおせっかいと、頭の回転の速さ、人柄などの人徳にほかならず、その彼女の性格は私の人生をも左右したかもしれないと、この日のことを思い出すとそう考えてしまうほどの珍しい出会いであった。

空港に夜遅く到着予定ということで、私はノイバイ国際空港にごく近いエアーポートビューホテルというところに予約を入れていた。私がそのことを話すと、彼女らはとりあえずそこへ送ってくれて、部屋が空いていればそこに泊まると言い出した。この申しでに少し戸惑いつつも、彼女らも慣れない土地で行き場がないのである、私は特に断る理由はなかったのでいわれるまま3人でタクシーに乗りこんだ。

彼女らも頑張って料金交渉をしてくれたようであるが、ベトナムうぃ~にしてはかなり高い料金をとられたようだ、それはそうだろうなとは思う、空港で待っていて短距離はたまったものではない。私も3年半タクシードライバーをやっていたのでよく分かっているけども、日本のドライバーは交渉などできないし、断ることもできない。空港駐車場と言われようが、国際線から国内線ターミナルといわれようが乗せる、それが先進国の良さでありまた、悲しみであろう。

ボロボロのタクシーが、こちらも舗装されていない真っ暗な路地で停止すると、小さな古びた建物に、『Airport View Hotel』というレトロなネオンが光っていた。

つづき

 

関連記事

司馬遼太郎 の『人間の集団について~ベトナムから考える~』

『旅する心のつくりかた』石川文洋 著を読んだ。

 

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貧乏、無職飯の節約成功と受難

飽食の日々

実家で久しぶりの贅沢を満喫しています。

 

肉、肉、肉の日々

先日家族一族でひさしぶりの食事に、もつ鍋を食べに行きました。ネットに少しの情報もないほどのポツンとネオンだけがある田舎店なんですが、京築の地元から北九州辺りまで名が知れた店です。

ひさしぶりの焼肉と、初めてのホルモン鍋、ホルモン店と楽しく美味しい時間を過ごしました。

最初に焼肉をして、もつ鍋、うどんと楽しめるのですが、焼肉でのタンはみたことがない厚みで驚きました、本当に舌の肉だなと分かる感じの大きさで、カルビの肉質も普通の焼き肉店とは違いました。本当に美味しかったですが、1人酒なしで5000円ほど取られるので、普通の店の倍の料金ですね。

 

別府温泉

また先日は、家族で別府温泉のホテルに泊まってきました。両築別邸というホテルに泊まってきましたが、日本人よりもアジア人の客が多い大衆ホテルですが、温泉は良かったですね。

 

無職飯の受難

帰省した時の体重

帰省した時の体重は174センチで57キロ代にまで落ちていました。基本60キロをわることはあまりないので驚きましたが、家族の話では💀が皮を一枚まとっているような感じだったそうです。

すでに60キロを回復してようやく我に返ったのですが、この体重でもとても顔が痩せているなと、ようやく冷静に感じられるようになりました。

 

無職飯の正当化

この飽食の時代は痩せたいという情報には困ることがありません、テレビでは毎日のように低カロリーの重要性や健康が解かれています。

金が使えない無職飯では、それらの情報を都合よく美化して低カロリーは長寿遺伝子をオンにしているらしいなどと気づかないうちに自分を正当化して、激ヤセに走りがちになるということが分かりました。しかし痩せても体調はすこぶる良かったので、人間というのは現代社会の様に食べ物が豊富でなくてもよいかもしれない、という思いは変わりません。

また、その気になれば一月の食費が15,000円ほどで抑えられると分かったことは大きな収穫です。

 

 

バカになっています。

今月中には東京に戻るかなと思っていたのですが、もしかすると面接予定までこちらにいるかもしれません。

面接が決まればすぐにベトナム行きとなるので、今はそれでいいかなと思っていますが、ブログや筋トレを休んでしまっているので、東京に戻ればまたしっかりやらないといけません。ベトナム語をやったり、色々やりたいこともあったのですが、とりあえず食べれるだけ食べるのが今の仕事かなと思います。

 

関連記事

東京で二次面接を受けることになる。

またスカイプ面接してもらえるかもしれない。

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うぃ~教典 一章:その2、国矢眼介

うぃ~教、教典

一章その2

国矢眼 介

原本

古今東西、あらゆるところに救世主伝説あり。しかしこれほとんど英雄となりて、糞尿垂れ流す無職なる者は排除され、これ英雄にはならずまた祭り上げられることもなし。

後に国矢眼介として創始者となる者、これ九州北部の緑豊かな水田の地にて生まれ、幼少より後にうぃ~として大別されるもろもろの諸要素に身近に触れる。

うぃ~、これ古より生じたというより、これ宇宙の根本原則の一つとしての存在なりて、これ影響大なる思想や法則に隠れながらも、ゆるやかに万物に生ず。

国矢眼介、幼少より遊んだ山河にて、様々なうぃ~を感ずるも、これその資質の域を出ることおそらく叶わず、これうぃ~の天才としての資質として創始者に現れる。

あえて環境を関連付けるとすれば、創始者うぃ~に諸々の言葉や絵画を通して伝えることにも精通し、これをよくすることから、その感性の育成という意味では豊かな自然の影響があるとすることもできるが、まずそのうぃ~における天才なる感受能力が全ての発端なり。

しかし創始者そのうぃ~なる天才に慢心することなく、自ら自然に入り布教の能力を高めこそすれど、これはまた指導者に後悔の念もありて今も指導者を苦しめるも、自ら山河にて遊んだ同級の友も少なきことを思い出す度に、指導者これ自らがうぃ~に選ばれた身を感じ、これ悲しみと喜びの中に涙を流す。

うぃ~感ずる優れた天才は、おそらく先代の血の中にある要素も大きく、これもまた創始者を生んだ大きな要素とはなったものの、それもまた一つ領域を出ることなし。

水の流れのように無職を歩きながらも、またうぃ~教団を設立するに至った複雑さを考えれば、これ同じ人材を生じさせるはおそらく叶わず、創始者うぃ~に選ばれたということがその説明として第一となる。

選ばれた創始者の言葉、これ頭の狂った無職の言葉として捨て置くを旨とする発言もきかれるが、これ生命の根源を感じさせるものとして、人の不安や本質を突くことから、この言葉やはり宇宙の深海を見せるものとして創始者自身もおそれ、自らの言葉でなきものなり。

 

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うぃ~教典 一章:その4、大陸での発生

うぃ~教、教典

一章その4

大陸での発生

原本

創始者うぃ~を知らず、大陸に導かれ、その首都を目指す。

首都で各々の漢に刺激を受けつつも、いまだ明確な旅の目的はなく、旅人これ漢の助言のままに動き、自らの目的を知らず。

お互いの理解が深まりて首都を出ることにするも、時満ちて創始者ついにうぃ~の導きを感受し、天の声を聴き表す。

その天の声、フフホトという音をあらわすにつき、これ中国内モンゴルの省都である呼和浩特であると断定し、そこに進むを決める。

思い返すごとにその天の声、創始者達を導くものにつき、そのありがたさと畏敬を感じ、創始者と銀月太郎、ことあるごとに思い出す出来事となり、これを北京での助言として語り継くこととなる。

北京の助言、これ創始者のうぃ~の力を示すものとなり、以降これより銀月太郎その発生を期待しつつも、互いにますますうぃ~の力を意識する出来事となりて、これうぃ~史における大きな歴史となった。

大陸の旅、期待するところに必ずしも応えず、大いなるうぃ~のお導きを辿るものとなり、それはやんわりとシルクロードを思考することを感じ、うぃ~を感受することを第一とするも、これうぃ~を簡単に感じるは、後の創始者でも安易なものではなく、迷走することもあり。

呼和浩特、創始者情けない様を呈すなど、これ様々なイベントも生むが、うぃ~の歴史に外れることは好ましいモノではなく、これは排し歴史を包括的に綴る。

道中、うぃ~を感じることはまれで、うぃ~に目覚めつつあった2人には物足りず。

その中、うぃ~なる人物を見つけること比較的容易であり、2人これを腹うぃ~と名付ける、この腹うぃ~が、うぃ~の歴史では例外的なうぃ~の派生形となった。はらうぃ~は首都を中心に幅広く見られたが、うぃ~の思想体系からは偏りが観られ、うぃ~の典型とはいえず、同時によりうぃ~なるものを志す過程で狛犬と出会い、これうぃ~を大きく体系し、思想の礎の一つとなった。

 

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ベトナム(ハノイ)、旅行記のようなもの2

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ベトナム(ハノイ)、旅行記のようなもの1

 

ベトナムを想う

みなさんはベトナムについてどういう印象をお持ちだろうか。

私は去年までベトナムについてなど全く知らなかった、だから大方の人と同じ見立てであろう、とにかく貧乏でダサくて、ベトナム戦争をやっていた国という印象であった、そしてそれはだいたい正しい。

実際にベトナムを訪れ、本を読んだ限りでは、ベトナムの物価はとにかく安くて、農耕民族で上手く階層社会が造れなかったことから絢爛豪華な文化をあまり産まなかったし、なによりベトナム戦争だけではなくて、知れば知るほど戦争ばかりやっていた国なのだ。

フランス、アメリカ、カンボジア、内戦ともうどうしょーもないほど何十年も血を流し続けており、それに比べれば日本とはなんと短い戦争期間だったことかと思わずにはいられない。

しかし、平均年齢が30歳に満たないと言われるベトナムにおいては、戦争は過去のものになりつつあり、ベトナム戦争など昔話になりつつあるようだ。

そんなことより、家族に良い暮らしをさせたいという若者のエネルギーは凄まじいものがあり、ベトナムは変貌しつつある。

 

機内にて

私は三人掛けの椅子の通路側に座っている、隣にはスーツケースをあげてやったベトナム人の若い女性、窓際は違う第三者のようだった。

スーツケースをあげてはやったものの、私は気軽に人に声などはかけれないので黙っていた。そもそもどこの国の人なのか分からないし、母語もわからない、ベトナム語だとしたら私には手も足も出せない。もっとも、なんとなく日本語のようなものを交わしたような気がするので、もしかしたら日本から帰国する労働者なのかなと思った。

うつろな記憶ではあるが、ベトナムに到着というころになって再び私は女性と会話をしていた。おそらくまたスーツケースを頼まれたりしたのだろうか、それで彼女が日本語がある程度話せるベトナム人の労働者研修生なのかなということも分かった。

ハノイのノイバイ国際空港に到着し、飛行機が止まったころになって彼女らが団体で実は後ろの席に友人がいることが分かる、そしてなぜだか

「あなたご飯食べますか、私達と一緒に、フォー食べる」

みたいなことを言われた。なんか変なことになってきたな~とは思ったのだが、私は初めての国で言葉が通じないということで不安度は相当なものだったから、喜んでついていくことにした。

彼女の知り合いは、彼女も含めて5人で男性は1人だけだ。外国人である私は、出国の手続きがすぐに終わってしまって、とりあえず出口で彼女らをまった。時刻がすでに22時近くで、あらかじめ予約を入れていたホテルなどのことが気になったが、もう焦っても仕方ないと腹をくくった。

彼女は二ユンさんといって、小柄でずんぐりとしており、お世辞にもきれいだとは言えない。年齢は23歳だったろうか、これも30歳といわれれば納得してしまいそうなところはある。

私はまだ二ユンさんとしかほとんど話をしていないので、他のメンバーからするとあの日本人はなに者だと思われているに違いないと思うと、なんとも居心地は悪かった。人生でもあまり経験がないケースだ。

彼女らが出国を終えて合流すると、なんとなく彼女が私について説明してくれているようだ、ベトナム語ができないから助けてやろうと思っているとか、おそらくそんな感じなのかもしれない。私はついさきほど出会ったベトナム人と、その後半日以上も行動を共にすることになる。

つづき

 

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実家に帰省しております。

ただの日記です。

なにもする気が起きない

なにもヤル気が起きないでいます、大学で関西に出てから福岡県の実家とはずいぶん距離があったので、頻繁に帰れるわけではないので、どうしても帰省すると休憩モードになってしまいます。

 

あまり書けない

ブログも書く気がおきないけど、そもそもネットを触る気もあまり起きない。契約しているwifiも格安simも電波が使えないので諦めていたけど、どうやら実家のタブレットで電波を飛ばせることが分かって、なんとかブログを触ってみようかと重い腰をあげました。

 

田舎にネットは要らない

そもそも田舎にネットはいらないというか、都会の中にあるギスギスしたものなどが一気になくなるので、ストレスはそれだけで軽減されるようなところがあるように思いますね。ツイッターなどは、やはり攻撃性や都会の多情報の中で生きてくるメディアなのかなと感じました。

発達障害とか、不安障害とかの類は、田舎で大家族の中で生活していれば悪化することは少ないのかなと、そんなことを感じました。

 

実家に帰るとなぜか祖母がいた。

なんかボケがきていて大変らしい。だから母親の兄夫婦の家からショートステイのようにして昨日来たということだ、色々たいへんなようです。

 

レビー小体型認知症

母が言うにはどうやらレビー小体型型認知症というのではないかということで、この認知症の特徴はハッキリとした幻覚が見えるということらしい。

2日目の夜に深夜、私がなんとなく浅い眠りの時に、いきなり祖母が

「あなたはどなたですか」

と大きな声で叫んでいるので、なにごとかと思った。

「誰かきちょうよー、誰かきちょうよー」

と騒いですぐに母を起こしていた。

祖母はとりあえず三泊だけして帰った、今後はグループホームを検討するということでした。

 

家族の難しさ

家族や身内の関係というのも難しいものですね、けっこう偏っている人も多いし、ほとんどの人は普通な人間ではなくて、どこか癖がある人同士がなんとかやっていかないといけない。私にとっては休息の帰省なんだけど、なんだか実家では介護問題というクレバーな問題で揺れているようです。

 

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うぃ~教典 一章:その3、銀月太郎

うぃ~教、教典

一章、その3

銀月太郎

原本

うぃ~それ個人の思想であった、しかしそれ方々に伝染す。

うぃ~なるものを引き寄せ、とりわけ彼よく色を醸した。

うぃ~彼に付き従えて、やがて彼がうぃ~を醸す。

彼、これ高いところに住む、それコンクリにおおわれていた。かれ不満もなく過ごす、かれこれ導きのままに回遊し安住の地を得る、かれ銀月を得たり。

指導者なる者、かれをとりいれず、やなぎのようにこれ交わることもなかった。この間、互いはうぃ~を生成する闇を蓄え、これをよくした。

互いのうぃ~はやがて二人を引き寄せ、これうぃ~の発展に寄与した。

いまだ蛍の光る小川の横の、木々が生い茂る邸宅に立つスパニッシュな佇まい、彼そこにこもって出ることなく、指導者を迎えた。

長いきしむ階段をあがり、共同の台所やトイレを見るに、そこここにうぃ~を醸し、これ指導者を刺激した。

彼は長年の内に居を変えるが、それこの闇の領域をでることなく、うぃ~を深め続けた。

かれこれ絵画もよくし、指導者を描かんと欲す、しかし指導者心の不安に侵され、かれを迎えず。

時は流れるもいまだにうぃ~の言葉なし、認識することもなし、いまだたれもこれうぃ~を知らず。

しかし、認識せずともうぃ~指導者の心にあり、うぃ~はこれに従う。

さらに時は流れ、うぃ~を深め、いよいよ互いに大陸を目指さんと欲し、いよいようぃ~の扉開く。

旅は佳境にいよいようぃ~開き、その思想が指導者を導く。

うぃ~を携えて世に出るもこれ光にはなじめず、指導者闇を思考す。

彼もまたのちに社会に侵され、道を求めてさまようもこれ叶わず、指導者かれを独房に招き、お互いをよく助けるも、結末悲惨なり。

のちに彼、指導者のもと離れ、今では労働これ苦なしなどとうそぶくことも多し。

 

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うぃ~教典 一章:その1、うぃ~の縁起

うぃ~教、教典

第一章、その1

うぃ~という趣向

原本

うぃ~それかわいいものなり。

うぃ~それ気持ち悪いものなり。

うぃ~それ気持ち悪く、なほかわいいものなり。

うぃ~それ、怖いものなり。

うぃ~はよく恐れられ、よく敬われ、よく親しまれる。

また貧しいものなり。

しかし、これ忘れてはならぬ、うぃ~これ変なものなり。

うぃ~これ、あらゆるところに存在する。

しかしうぃ~に気づくものまれなり、うぃ~これ性別に関係なく生ず。

老若男女に関係なく生じ、かつ基本は感受能力によるものである。

うぃ~これなにものにも宿り、かつ醸し出されるものである。

うぃ~を認識する者まれなり、認識するものいてもその能力は微なり。

したがってうぃ~を認識せずに醸すもの、これうぃ~強しと判断す。

しかし、うぃ~ならざるものまた、これうぃ~を含む、また翻ってうぃ~を強く醸すものもあり。

まだ浅きところでうぃ~これ宇宙を掌握せんということもできる。

うぃ~これ女性的であることも多く、また貧しきところによく咲くことあり。

うぃ~を望むもの、これ交わること少なし、そもそもうぃ~これ陽に明るみにするものまれなりて、うぃ~をひそかに楽しむ。

うぃ~世界に影響せんと見えても、これ小さき要素ではない。

うぃ~相反する要素を持つ、貧にしてこれ富む。

うぃ~大地の陰陽とともにわずかに生ずる、これまた少なきものに繋がれて現在に生ず。

力強く発展する物陰にかくれても、うぃ~その全てに生じ、水の様に巡る。

うぃ~は大河の一滴にすぎぬ、しかしこれ全宇宙の理なり。

 

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NO:005 今日の無職飯‐2017年10月15日-

食材がゼロになった日

人参と残りキャベツの無職炒め、気持ち卵

推定カロリー:351㎉

(買い物風景3)

 

ぅい~い~うぃ~ニク、二ック、ニラアオアエ~

うぃ~ムシンダ~うぃ~

 

 

うぃ~

 

定員

「・・・・・・・・・・・・・

店長コイツだめだ~通じねぇす」

 

店長

「おぉ!この人がヒンディー語が話せるらしい、たしかうぃ~語と互換関係がある」

 

ドドドドドっ

インド人

「おまかせあれ・・・

ヒンディウィッシャメーシャプテジャータ、

ナンバル、ドーパルヘン・・・・・」

 

うぃ~ヒポポポうぃ~ニダ~うぃ~

うぃ~ヨダぃ~う~ネコちゃん・・・うぃ~

 

 

「・・・・・・・・・・・

通じませんでした」

 

・・・・・・・・・・・・・

 

求職の句

使っても 使わなくても 金は減る ふえるは不安 無職のままでは

国矢眼介、風の谷にて

 

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うぃ~教典-序文-

うぃ~教典

序文

原本

 

うぃ~なるモノ

 

うぃ~ならざるモノ

 

それぞれはいずれにか遊び

 

うぃ~に帰結する

 

各々にうぃ~を見出し

 

汝が道を行け

 

私が幸せでありますように

 

私の親しい人々が幸せでありますように

 

生きとし生けるものが幸せでありますように

 

私の嫌いな人々も幸せでありますように

 

私を嫌っている人々も幸せでありますように

 

生きとし生けるものが幸せでありますように

 

生きとし生けるものに悟りの光があらわれますように

 

 

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