新小岩を駆ける1~ホテルで面接予定→ドタキャン→再面接~

ハノイ日本語教師の件である。

詳しくは☟の記事参照

東京で二次面接を受けることになる。

 

突然のメール受信

7日の夕方17時40分ちょうどである、兄と会食のためにラインを気にしつつ、ケータイを持って大便を踏ん張っていたその時にメールを受信。

なんとそれは6日か7日に二次面接と言って、すっかり音沙汰のないハノイ日本語学校の女社長からであった。

「今からホテルで面接いいですか~とても忙しナムよ」

とメールが入る。

これはいかなければならんととっさに判断し、兄に断りのラインをいれる。

飛んで出たいところだが、なんせ革靴なんて奥にしまったままだし、靴下を履き替えるのを忘れて引き返していたりすると、結局バスに乗れたのは30分後である。

 

とりあえず新小岩駅へ

返信はまだなかったし、場所はホテル名も書かれてなかったが、新小岩のホテルということだけはスカイプで分かっていたので、とりあえずJRの新小岩駅を目指した。

なんとなく予感はしていたもののやはりメール返信がない、一応電車内で

「ホテル名を教えてくださいうぃ~」

という内容のメールを3回丁寧に送信するも来ない、とりあえず駅前の松屋プレミアム牛めし並を食ってもう一度送信するもやはり来ない。

途方に暮れて家族に相談すると

「あ~~~~そぉ~~~

とにかく駅前のホテルをあたってみるっぺ~」

というアドバイス、生来人のことが信じられない私はこの時点できっと

「おいおい~あいつ八王子からきちゃったよ~冗談で行ったのにナム~」

と笑っているんだと心の中で判断し、どんどんHPを消費しながらもとりあえず目についたスーパーホテル東京・JR新小岩へ入ってフロントに確認してみる。すると責任者出てきてなにやら首を振っている、これまた被害妄想で

無職は相手にするな」

と言っていると勝手に考えて逃げるようにホテルを後にした。もうダメだよ~こんなこと無理だよと思いながらも、北口にもう一軒あるというのでそちらも確認してから帰ることにした。

 

新小岩パークホテル

北口に行くとなにやら見慣れたホテルがある、ここタクシーで来たことあるうぃ~よ。そこは新小岩パークホテルといった、なにが公園っぽいのかよく分からなかったがとりあえずフロントに聞いてみる。

「こんなべトン人いますか~うぃ~」

するとフロントの姉ちゃんが

「ああ~いますいます、いますよ○○○号室ですので、内線を使ってください、あいや~でもこれ、まんず帰ってきてないですよ」

ということなのでフロントで待たせてもらうことにした。

 

つづく

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東京で二次面接を受けることになる。

ただの日記と現状報告です。

東京で二次面接が決まる

ハノイ(ベトナム)の日本語教師の選考で動きがありました。

11月にベトナム人の社長が来日するということで、江戸川区のホテルで会おうという連絡がスカイプから入りました。

もうほとんど諦めていたのですが、この連絡が入ったことで再び就活が動き始めました。自分の中高(美術)教員免許のスキャンを送ってくれということなので、それも送りました。ワークパミットというビザ取得に必要な権利の取得に、具体的に動き始めてくれるのかもしれません。

 

賃金交渉

おそらく先方が受けた印象が悪くなければ、そのまま賃金交渉の流れになって採用ということになるのだと思います。とりあえず自分としては年収で100万辺りをめどに要求しようと思います、ボーナス一月分とあったので、8万円以上でいいならば迷わずいこうと考えています。

 

様子見

おそらく採用される確率は6~7割ぐらいには上がってきたと思うんですが、引越などの決断をする段階ではなく、11月まで非常に動きがとりずらくなりましたね。なので一度実家に帰省してみます、帰省の大義名分としては十分だと思うのです。

 

無職期間1年オーバー

これで無職期間も1年オーバーが確実になりましたね、いつ日野自動車期間工バックレたのか、記憶を抹消したために定かではないんですが、11月初めでしたね。確実に貯金が削られているのは辛いですが、自分には必要な時間だったと思ってまたゼロからスタートするしかありません。

 

無職ブロガーの交流について

だいぶ前のツイッターに上げていたので、少し気になった人もいるのではないでしょうか。迷子のイカさんという方が、自分のアイコンをアレンジして描いてくれました。

素晴らしい

見てください!このオリジナルとはかけ離れたお顔を!!

そして手のつながった表現が素晴らしいですね。なんという感性とかすかに感じるうぃ~感!!私はこの絵がとても気に入ってしまって、自分も迷子のイカさんのブログキャラを描かせてもらおうと思った次第なんです。

 

クニヤメ画

☟迷子のイカさんのブログ、こちらのページに自分のブログも取り上げていただいています。ありがとうございました。

迷えるイカ記-乗るしかないこのビッグウェーブに(ブログマスコット編)-

 

無職コラボキャス

先日、いっしーさんというツイッターで出会った無職の方のツイキャス配信にお邪魔させていただきました。

いつもお世話になっているマスヲさんをはじめ、はてなブログ界では有名な無職人様たちが集まっていたようですが、私などが一方的に話して失礼しました。

少しでも楽しんでもらえたのなら幸いです。皆さま今後ともよろしくお願いします。

 

 

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ベトナム(ハノイ、ホーチミン)の最低賃金についてのメモ。

そして無職はベトナムに出会った。

 

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またスカイプ面接してもらえるかもしれない。

ハノイ(ベトナム)の日本語教師に応募してみた

日本語講師養成科の職業訓練を落ちて、とりあえずすぐに資格を取ることはあきらめたんですが、まだ未練があったのでしょう。パソコンで求人をみていると、ハローワークではないところで大量の求人を見つけたので、資格なし、未経験可のところに応募してみることにしました。

 

奇跡の求人を見つける

月収は12万円で寮があるので家賃はいらない。ボーナスもあるという、高級コーヒー一杯100円、腹一杯食べても150円という破格の物価であるベトナムなら余裕です。最初に面接してくれたところは、なんと月給5000円だったので(/_;)これは破格の待遇です。

寮があるならば5万円でも私は採用されれば行くと思う。

 

スカイプで模擬授業

  • 求人にはスカイプで模擬授業をしてもらう
  • その場で即決する

という旨が書かれていたので、メールで履歴書を送る時に教育を受けていないので模擬授業はできない、それでもいいかとダメもとで伝えたんですが、2.3時間後にすぐに返信があって是非面接したいとのことでした。

 

よくわからない

日本語教授の勉強をしていない自分が、教えられるとは思えないが、いちおう中学校教員免許(美術)があるのでそれでいいようだ、あまり関係ないと思うのですが、しかしチャンスであることには変わりありません。

 

もしハノイに行くことになったら

私は生きることを選ぶ

もしハノイに行けることになれば、私は再びこのどうしょうもない世界で生きてみようと思い始めています、やれるかどうかは分からないけど、発展途上国の最前線に立ってなにもかもリセットできるのでは?そんな気持ちが芽生えてきました。

 

ベトナムうぃ~になる

人生を諦めかけた人間が世界放浪を決意し、やがてタイをはじめとする東南アジアにたどり着き、沈没する例は多い。それは、タイであったり、カンボジア、ラオスであったりするが、ことベトナムの場合は、それはベトベト病にとりつかれてしまったかわいそうな人という表現がされると、ある本には書かれてありました。

私は自ら進んでこのベトベト菌を飲んでみようと思います、まるでサナダムシの研究者がサナダムシをわざわざ飲んで、体内で研究するように・・・。

 

希望ではある

ベトベト病にとりつかれた人がまず始めるのがベトナム語学習らしい、自分もベトナム語でも勉強してみようかな。少しの、小さな希望が見えてきた気がします。まだ採用されるかどうかも分かりませんが、もし採用されれば40歳ぐらいまでなら、なんとか歩いていけるんじゃないか、そんな気がしています。

 

タイトル画:「普通に返事をしようとするうぃ~」

 

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私はもうダメだと思います。~職業訓練(日本語講師養成科)が希望でした~

職業訓練(日本語講師養成科)が希望でした。

ブログを読み返して絶望

今日も目を覚ますと午前7時だった、なんとなく最近何時に寝ても7時ごろに起きてしまう、朝型に戻ってきたのだろう。

少し股間が痒いなと感じたが、悩まされている手湿疹が改善へと向かっているようで、うつろな記憶ではあるが少しホッとしている自分もいた。ケータイがピカピカ光っている、なんとなく手に取るとなにも動きはなく、迷惑メールのようだ。ただ、タクドラ時代の先輩方の長距離報告は、ラインから山のように積み重なっている、そうか今日は花金だな・・・まだ6時間しか寝ていないので、無職としてはもう少し寝たいところだ。

自分のブログをなんとなく開いてみた、するとそこには意味のわからない文章が並んでいる、絵はまだいい、しかし文章は悲惨だった。私は自分はもうダメだなと思って悲しみにくれていると、いつの間にか眠ってしまったようである。

 

不思議な夢

不思議な夢をみた、突然お金持ちが眼の前に現れて、私はあなたのブログのファンだからあなたが働いてブログが書けなくては困るといって生活を支援していくれるという。私は必死に断った、

「ダメです、そんなことをしてもらっては困ります」

というと、寂しそうに彼は

「いや・・・すいません、ファンというのは怖いものだ、自分でもコントロールがきかないところがある、許してください。いやぁなに、無理にとは思っていなかったんだ、ただこのお金を有意義に使っていただければ、私も嬉しい」

そういうと、懐から封筒を取り出して私のポケットにねじ込んだ。

「ブログを書いてくれるだけでいい、あなたが困った時私はまた現れます」

それだけいうと男は去っていった。

パチンパチンになった封筒には、一万円札がギッシリ入っていた。

 

 

・・・・・・・・・という夢でした。

 

どーせなにをやっても続かないという揺るがぬ不信感

  • どーせなにをやっても続かない
  • つづかない奴はダメだ

というほかでもない私自身の声が自分を苦しめる、この仕事と食べ物にあふれた時代に、私はなにを苦しんでいるのだろう。なんで一日にたった1000カロリーぐらいしか食べられないほどに追い詰められているのだろう。分からない、ただ分かっているのは私が現代に馴染めていないという事実だけだ。

ブログも長くは続かない、どうせ辞めてしまうのだろうともう一人の私がささやく、もう一人の私は筋トレだけはバカみたいに続くのにねと笑っているようだ。

 

私は詩人になるか、でなければなんにもなりたくない。

ヘルマン・ヘッセ

 

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無職が叫びたがってるんだ。

 

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日本語講師養成講座(ハロワの職業訓練)の選考を受け⇨落ちた。

ハロートレーニング、日本語教師養成科

ハローワークに軽い気持ちで、日本語教師関連の講座がないか調べに行ってみた。

すると、なんと明日、日本語教師養成講座の説明会があるということで予約をしていってきてくださいということだったので、早速その場で電話してみた。

すると、日程が変わって今日になったというので、早速池袋に行くことにした。例によって、適応できないうぃ~が殺到しているらしく、日程を変えて対応しているということだった。

とりあえず応募の締め切りは9月8日までだったので、日程的にはギリギリ間に合ったのはツイていた。

 

手厚い待遇

いろいろ情報を聞いてみて分かったことが、職業訓練受講給付金というものがあり、交通費とは別に生活費10万円が支給されるという。これは、いわゆる失業給付とは全く別モノであり、失業給付の延長とは関係がないので、給付が終わっていても関係がないという。

  • 金融資産が300万円以下
  • 持ち家ではない
  • 世帯収入、仕送りがない

などが条件であるようだ。

失業給付がなくなっている状態で、交通費すら出ないと考えていたので、もし選考に通れば自己負担なし、生活費なしで貯金を崩さずに日本語教師の必要授業(日本語教師養成講座420時間以上)を修了することができる。

 

倍率

例によって倍率は恐ろしいものがあるとは思う。

今年4月の訓練では、どこの語学学校も10倍を軽く超えていたらしいので、決して低い倍率ではない。そりゃそうだよな、自分が選んだ学校では501時間の授業がタダで受けられるのだ、自費で行けば100万近い費用が掛かる。今は年度末ではないので、少し倍率は下がるかもしれない。

まだ24歳だった時、web総合実践科というのを京都で受講した時、倍率はせいぜい2,3倍だったように記憶している。人数は25人ぐらいだったかな~、教室の席は成績順位で並んでいて、私は4番目だった。

 

学科試験なし

今回は学科試験は全くなくて、面接と作文だけらしい。

説明会では、ヤル気と人間性で選ぶというが、なかなか決め手に欠けて難しいように感じた。

大卒というのが重要な要素らしく、とくに国内では4年制大学を出ていないと厳しい様だ。いまさらになって大学を出ていることに感謝したが、欲をいえば修士や博士などの院卒だと、比較的容易に外国の大学の講師になれるらしい。

しかし、たとえ院卒でなくても、中高の教員免許と実務経験もあるので、それも価値のあることではないだろうか、私が選考に通るとしたらその辺りの評価だろうと思う。あと、説明会を見る限り若い人が少なかったので、若い人が欲しいなら期待が持てるように感じた。

 

更新

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公共職業訓練の面接を受けてきました。

日本語講師養成科

ハローワークからの日本語講師養成科の選考を受けてきました。

内容は

  • 面接(約10分)
  • 作文400字(時間制限なし)

でした。

 

選考会の様子

緊張感というほどでもないけど、スーツできている中年男性がいたりしてそこそこピリッとした空気は流れていいた。説明会では若い人をほとんど見なかったが、選考会では老若男女さまざまな人が参加していた。

 

ブロガーとして

事前の学校説明会で、作文のお題は当日発表ですということだったが400字の原稿用紙1枚ということで、正直ブロガーには余裕だと思った。

毎日1000字以上はブログを書くようにしているので楽勝だったけど、意外にも面接でもブログの好影響を感じることができた。

 

面接

たぶんブログを書くことで、

  • 考えをまとめる力
  • 伝える力
  • 自己分析力
  • 自己プロデュース力

など、面接に必要な色んな力が飛躍的につくんだと思う。

相手になにかを聞かれても、その質問を今されたような感じがしないんですよね、すでに数日前に聞いた質問のような気がする、それぐらい自分というものを深く見つめられているんだと思う。

だから脳内にある何度も考えた思考をそのまま読み上げるだけで答えになるので、全く焦るということがないわけです。

これは自分では全く予期していなかった嬉しい誤算だった、自分の思考を繰り返しブログに書いてきたことで全く予期していない能力が開発されたんだと思う。また目的である不可解な自分という者が少しは知れてきたのかもしれない、少なくとも確実にブログを書く前よりは見えてきたのだと思う。

 

理想の日本語講師像

面接も作文も聞かれたことは同じで、理想の日本語講師はどんなものであるかというような内容だった。

まさか、インドやタイに修行の準備に行くと言えるわけもなくて、まぁ半分本音でもある挫折し続けた人生経験を伝えたいというようなことを答えておいた。

即海外の学校で働きたいというのがプラスになるかというのは分からないけど、多分日本の移民政策の一環としての国のバックアップと思えば、ベトナムとインドネシアから労働者を連れてくる最前線に立たせることが目的(残酷なことですうぃ~、日本ももう終わりだ)だと思うので、多分マイナスにはならないだろうと考えた。

 

まとめ

自分のチカラは出せたと思う、結果がどうあれそんなにこだわることもないと思っている。まぁ倍率が非常に厳しいので、とりあえず受けれるチャンスがあったということをプラスに受け止めたい。

生活としては単純に

  • 合格すればブログを辞めて授業
  • 落ちればブログを辞めて就活

ということになるだろうとは思う。

 

水流し 新たな川辺に 立とうもの それでも消せぬ 仏の心

国矢眼介

 

 

更新

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日本語講師養成科の面接に落ちました

誕生日前日の悲報

9月28日は誕生日なのですが、よりによって誕生日を迎える前の27日16時ごろ、ついにポストにペラペラの封筒を見つけました。

正直紙一枚しかはいっていないであろうその封筒を見て、ダメだったのかもしれまないとは思いました、そして選考結果 不合格とだけありました。

 

無職、生きる希望を失くす

無職は再び深い谷底へ突き落されたような気分であります。空はいよいよ黄昏の表情をまして、マイルスの音楽の様に私の心にふかい影を落としているようです。

どうしてダメだったのか、なんて反省してももう意味はありません、しかしありがたいことに☟の様なツイートを頂きましたので、またチャンスがあれば挑戦してみようとは思います。また、誕生日おめでとうのメッセージを多数のフォロワーの方から頂きました!この場を借りて御礼申し上げます<(_ _)>

 

 

もうお終いだ

無職期間が6カ月延ばせるのではないかという淡い期待もありました、7割方は受かっているんじゃないのかとも思っていました。しかし、そもそもが海外に出家をするその準備として考えていたようなところもあり、そんなことが面接などでも滲んでしまったのかもしれません。

しかも誕生日の直前に結果がくるというなんともマヌケな結果となってしまい、心の切り替えも非常に難しいものとなってしまいました。

 

不吉な予兆

思えば26日の23時過ぎにも、

「女性の叫び声がしたといって通報があった」

とかいって4人も刑事や警官が私の家に来るという騒ぎがあり、少し自分が疑われているところもあって非常に怖かったです。今年はいい流れがくるような気がしていたんですが、ここ数日を観るとそんなことはないのかもしれません。

 

無職が終わる

無職を辞めたくはないです、しかしもうブログがどーだとかいってられない。働きたくてもまともに働けない自分がとる選択肢は、生きることを選ぶとしてそう多くはない気がします。

  1. 残った資金で逃げる
  2. 期間工か派遣で工場
  3. 実家に戻る
  4. 出家する

ぐらいでしょうか?

現実的に考えて2の働くしかないのは目に見えている。無職という最近では少し頼りにもしていた感のある看板を降ろして、また底辺労働者としての看板をしょってあの途方もない坂を自分は登っていくのでしょうか?

 

期間工は難しいだろうが・・・

今までのバックレ経験から期間工は辞めた方が良いことは分かっていますが、生活最低減の15万ほどを稼ぐ難しさもまた、身に染みています。日雇いだと保険もなかったりするし、工場派遣だとギリギリで金は貯まりません、それなら割のいい期間工を考えざるを得ないのです。

日本語教師のことを捨てきれないのなら、ある程度資金の貯まる期間工で定着できるのが理想だとは思いますが、うまくはいかないでしょう。

 

八方塞がり

これといった道が見えない、うぃ~という自分の道が見えません、具体的なコレといった指針がないと先が思いやられる、どうしたものか、どうしたものか・・・一度タイに行ってみることは検討してみてもいいのかもしれない。

 

その昔 仏あるいた 路追うも ふりきるに惜し 苦楽の身体

国矢眼介

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海外スカイプ面接で聞かれた、幸せだった時期はいつですか?

海外就職に向けて動き始めている

少しづつではあるけど、株の損失のショックから立ち直りつつある気がする。なんとか動けるようになったのは良かったと思う。

 

スカイプで面接を二回ほど受けた

幸せだった時期

幸せだった時期はいつですか?と聞かれて答えることができなかった、答えに困って結局ありませんといってしまった。ずっとお金に困っていたし、働き続けることができないことは分かっていたので、お金を使うこともせずにただ貯め続けた。

 

まず自分を知るべき

幸せだった時期がなかったら、自分がどこへ向かっていいのか分からないので、就職を考える前にまず自分を知るべきだと言われた。そうしないとまた辞めてしまうと、なんだか親しい人にも良く言われる言葉だ。

 

よくよく考えてみると幸せな時期はあったかもしれない

旅しているとき

旅をしているときは楽しかったかな、特に国内を旅しているときは言葉にも困らないしストレスがなくて楽しかった気がする。青春18切符で、鈍行列車で旅をするのは楽しかったような気がする、電車に乗るのは好きなのかもしれない。

 

やはり難しい

音楽を聴くなどの幸せな時はあるけど、”人生が充実している”などという幸せな時期となると自分にはなかったとハッキリと思う。高校生の時に、教育実習に来た先輩から

「これからの君の人生で、28歳ぐらいまでに笑いが止まらない時期が2回ほどある。お金も信じられないほど入ってくるし、なにもかも上手くいく時期が人間にはあるんだよ」

と言っていたけど、自分にはなかったな。

 

このままなにもせずにただ生きたい

できることなら

できることならこのままなにもせずに東京で生きていきたいけど、お金がないと生活できない、貯金でも一年しか持たないだろう。アドセンス収入も上手いこと行かないし、どこかに働きに出るしかない。

 

適職なんてない

自分に向いている仕事なんてほとんどないと思う、職業訓練で適職診断なんかをやっても決まって一番低い点数だった。唯一、反復継続だけが人並みな点数をとれていたけど今は高度経済成長の時代とは違う、単純な反復継続の仕事なんて、機械や障がい者、外国人労働者にとられてしまって残っていない(少なくとも男性には)。


今日も、風の谷から美しい空が見れた

このままなにもなければ

このままなにもなければ、説明会に参加したバンコクコールセンターを受けてみよう、それが無理でも9月辺りには派遣で働かないといけないとは思っている、そうなるとこのブログ更新もできなくなる、あ~働きたくない、働きたくない、働きたくない。

 

 

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バンコクコールセンター、ワークアジア(マスターピース・グループ)の説明会に参加。

海外採用(バンコクコールセンター)説明会に参加したので、レポートしておきます。

 

マスターピース・グループ(ワークアジア)

現状、体が拒否して日本の企業には応募すらできない状況だし、もう日本にうんざりしているところがあるので、気になっていたバンコクコールセンターの説明会に行ってみた。

 

 

少し調べて臨んだ。

だいたい👆と同じような待遇の求人で、概要は日本人を安い給料で使えるよう、人気のバンコクで雇って人件費を浮かそうというもの。この類のビジネスは中国人とかインド人の資産家がやっていることが多く、外国人に日本人が使われるというのが現実のようだ。

 

大連コールセンターの動画

面白い動画がある。

中国の大連コールセンターで、日本から脱出した若者のドキュメンタリー。

けっこう有名な動画で、興味がなくてもおススメできる。

※残念ながらyoutubeでは現在見れなくなっています。

 

5年ほど前ぐらいまでは、中国やトルコが主なコールセンター採用地であったようだが、物価が上がったり、現地人の日本語レベルが上がったりして、今では求人が見られなくなっている。動画のコールセンターはインド資本のようだ。

 

コメントが自分とかぶって泣ける

環境を変えたかったので、大きく変えれば変えるほど気持ちの変化が結構あると思うので、一回全部なしにしてしまいたい。リセットしてしまいたかった(´_ゝ`)

 

ドキュメンタリーの主人公、張替氏(大学院卒)

 

これは!?

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~自分とおんなじだぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

張替氏に厳しく突っ込む、中国人の彼女

 

 

将来性がない

このように将来性は全くないのだが、それは日本にいても同じ事であって日本の平均年収が下がり続けており、今後も下がり続けていくだろうことを思えば、むしろ動かないことが最大のリスクとも言えなくもない・・・・とは言っても無職の自分が指摘することではないが。

 

会社経営の男性、両親を思い涙する場面も

 

まず自分が行ける場所で

現状日本では働きたくないと思ってしまっているので、なかなか期間工などに応募する気が起きない。どうせ採用されるし仕事はいくらでもあるけど、またバックレるだけやからね、そして死にたくなるだけや。

もちろんそれはバンコクでも変わらんやろうとは思うけど、日本で働いても95%は続かないのに対してまだ可能性が高い。基本的に日本しか下っ端のサービス残業とかないし、労働環境はずいぶん違うはずだから。

 

説明会の印象

ウィーが一同に会した

普段は見ることができない女ウィーも参戦しており、責任と労働を放棄した面々が顔を揃えていた。

あ~胡散臭い、胡散臭いよ~(‘ω’)

自分は違う、違うんじゃ~と思おうとしていたけどはたから見れば一緒だったのかもしれない、そう同じようにウィーなのだろう。ただ、タイに行ったことがないというのは私だけであったからその時は妙に誇らしかった。

どうだっ!オレッちはタイが楽園だって知らないんだぞ!お前らとは違う!」と心の中で言ってやった(´;ω;`)

 

マスターピース・グループ(ワークアジア)の印象

一応説明では東京本社の日系企業らしいけど、採用担当も中国人だったしその辺は確かではない。だけど、会社の印象は緩くてこれまでに経験がないぐらい良かった。

管理職には会ってないから分からないけど、ウィーをウィー扱いしないというのは、心根がなければなかなかあそこまで統一して隠せるものではないからだ。

派遣会社とか、正社員が丁寧に非正規に接しても、眼だけバカにしているのを隠せない対応を想像すれば分かってもらえると思う。しかしこの会社、私の洞察ではともに歩もうとしていると感じたレアなケースだ、待遇はブラックに近いけども。

 

まとめ

かなり迷っている、経験も興味もない仕事だし、せめて15万貰えるか物価の安いベトナムだったら迷わず応募していただろう。印象としてはブラックでないということは直感が感じたので、参加して良かったとは思う。

 

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