ハロートレーニング、日本語教師養成科
ハローワークに軽い気持ちで、日本語教師関連の講座がないか調べに行ってみた。
すると、なんと明日、日本語教師養成講座の説明会があるということで予約をしていってきてくださいということだったので、早速その場で電話してみた。
すると、日程が変わって今日になったというので、早速池袋に行くことにした。例によって、適応できないうぃ~が殺到しているらしく、日程を変えて対応しているということだった。
とりあえず応募の締め切りは9月8日までだったので、日程的にはギリギリ間に合ったのはツイていた。
手厚い待遇
いろいろ情報を聞いてみて分かったことが、職業訓練受講給付金というものがあり、交通費とは別に生活費10万円が支給されるという。これは、いわゆる失業給付とは全く別モノであり、失業給付の延長とは関係がないので、給付が終わっていても関係がないという。
- 金融資産が300万円以下
- 持ち家ではない
- 世帯収入、仕送りがない
などが条件であるようだ。
失業給付がなくなっている状態で、交通費すら出ないと考えていたので、もし選考に通れば自己負担なし、生活費なしで貯金を崩さずに日本語教師の必要授業(日本語教師養成講座420時間以上)を修了することができる。
倍率
例によって倍率は恐ろしいものがあるとは思う。
今年4月の訓練では、どこの語学学校も10倍を軽く超えていたらしいので、決して低い倍率ではない。そりゃそうだよな、自分が選んだ学校では501時間の授業がタダで受けられるのだ、自費で行けば100万近い費用が掛かる。今は年度末ではないので、少し倍率は下がるかもしれない。
まだ24歳だった時、web総合実践科というのを京都で受講した時、倍率はせいぜい2,3倍だったように記憶している。人数は25人ぐらいだったかな~、教室の席は成績順位で並んでいて、私は4番目だった。
学科試験なし
今回は学科試験は全くなくて、面接と作文だけらしい。
説明会では、ヤル気と人間性で選ぶというが、なかなか決め手に欠けて難しいように感じた。
大卒というのが重要な要素らしく、とくに国内では4年制大学を出ていないと厳しい様だ。いまさらになって大学を出ていることに感謝したが、欲をいえば修士や博士などの院卒だと、比較的容易に外国の大学の講師になれるらしい。
しかし、たとえ院卒でなくても、中高の教員免許と実務経験もあるので、それも価値のあることではないだろうか、私が選考に通るとしたらその辺りの評価だろうと思う。あと、説明会を見る限り若い人が少なかったので、若い人が欲しいなら期待が持てるように感じた。
更新
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公共職業訓練の面接を受けてきました。
日本語講師養成科
ハローワークからの日本語講師養成科の選考を受けてきました。
内容は
- 面接(約10分)
- 作文400字(時間制限なし)
でした。
選考会の様子
緊張感というほどでもないけど、スーツできている中年男性がいたりしてそこそこピリッとした空気は流れていいた。説明会では若い人をほとんど見なかったが、選考会では老若男女さまざまな人が参加していた。
ブロガーとして
事前の学校説明会で、作文のお題は当日発表ですということだったが400字の原稿用紙1枚ということで、正直ブロガーには余裕だと思った。
面接と作文終わりました。作文で無職ブロガーの力を思い知るがいいうぃ~と思ってたら、面接までできるようになってる、考えがまとまりやすくなってます、うぃ~。
— 国矢眼 介@風の谷の無職 (@kuniyame) 2017年9月21日
毎日1000字以上はブログを書くようにしているので楽勝だったけど、意外にも面接でもブログの好影響を感じることができた。
面接
たぶんブログを書くことで、
- 考えをまとめる力
- 伝える力
- 自己分析力
- 自己プロデュース力
など、面接に必要な色んな力が飛躍的につくんだと思う。
相手になにかを聞かれても、その質問を今されたような感じがしないんですよね、すでに数日前に聞いた質問のような気がする、それぐらい自分というものを深く見つめられているんだと思う。
だから脳内にある何度も考えた思考をそのまま読み上げるだけで答えになるので、全く焦るということがないわけです。
これは自分では全く予期していなかった嬉しい誤算だった、自分の思考を繰り返しブログに書いてきたことで全く予期していない能力が開発されたんだと思う。また目的である不可解な自分という者が少しは知れてきたのかもしれない、少なくとも確実にブログを書く前よりは見えてきたのだと思う。
理想の日本語講師像
面接も作文も聞かれたことは同じで、理想の日本語講師はどんなものであるかというような内容だった。
まさか、インドやタイに修行の準備に行くと言えるわけもなくて、まぁ半分本音でもある挫折し続けた人生経験を伝えたいというようなことを答えておいた。
即海外の学校で働きたいというのがプラスになるかというのは分からないけど、多分日本の移民政策の一環としての国のバックアップと思えば、ベトナムとインドネシアから労働者を連れてくる最前線に立たせることが目的(残酷なことですうぃ~、日本ももう終わりだ)だと思うので、多分マイナスにはならないだろうと考えた。
まとめ
自分のチカラは出せたと思う、結果がどうあれそんなにこだわることもないと思っている。まぁ倍率が非常に厳しいので、とりあえず受けれるチャンスがあったということをプラスに受け止めたい。
生活としては単純に
- 合格すればブログを辞めて授業
- 落ちればブログを辞めて就活
ということになるだろうとは思う。
水流し 新たな川辺に 立とうもの それでも消せぬ 仏の心
国矢眼介
更新
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日本語講師養成科の面接に落ちました
誕生日前日の悲報
9月28日は誕生日なのですが、よりによって誕生日を迎える前の27日16時ごろ、ついにポストにペラペラの封筒を見つけました。
正直紙一枚しかはいっていないであろうその封筒を見て、ダメだったのかもしれまないとは思いました、そして選考結果 不合格とだけありました。
無職、生きる希望を失くす
無職は再び深い谷底へ突き落されたような気分であります。空はいよいよ黄昏の表情をまして、マイルスの音楽の様に私の心にふかい影を落としているようです。
どうしてダメだったのか、なんて反省してももう意味はありません、しかしありがたいことに☟の様なツイートを頂きましたので、またチャンスがあれば挑戦してみようとは思います。また、誕生日おめでとうのメッセージを多数のフォロワーの方から頂きました!この場を借りて御礼申し上げます<(_ _)>
職業訓練所は2回目の方が受かりやすくなりますよ。また挑戦頑張ってください、うい〜
— 孤独なおちんちん (@lonlyotintin) 2017年9月27日
もうお終いだ
無職期間が6カ月延ばせるのではないかという淡い期待もありました、7割方は受かっているんじゃないのかとも思っていました。しかし、そもそもが海外に出家をするその準備として考えていたようなところもあり、そんなことが面接などでも滲んでしまったのかもしれません。
しかも誕生日の直前に結果がくるというなんともマヌケな結果となってしまい、心の切り替えも非常に難しいものとなってしまいました。
不吉な予兆
思えば26日の23時過ぎにも、
「女性の叫び声がしたといって通報があった」
とかいって4人も刑事や警官が私の家に来るという騒ぎがあり、少し自分が疑われているところもあって非常に怖かったです。今年はいい流れがくるような気がしていたんですが、ここ数日を観るとそんなことはないのかもしれません。
無職が終わる
無職を辞めたくはないです、しかしもうブログがどーだとかいってられない。働きたくてもまともに働けない自分がとる選択肢は、生きることを選ぶとしてそう多くはない気がします。
- 残った資金で逃げる
- 期間工か派遣で工場
- 実家に戻る
- 出家する
ぐらいでしょうか?
現実的に考えて2の働くしかないのは目に見えている。無職という最近では少し頼りにもしていた感のある看板を降ろして、また底辺労働者としての看板をしょってあの途方もない坂を自分は登っていくのでしょうか?
期間工は難しいだろうが・・・
今までのバックレ経験から期間工は辞めた方が良いことは分かっていますが、生活最低減の15万ほどを稼ぐ難しさもまた、身に染みています。日雇いだと保険もなかったりするし、工場派遣だとギリギリで金は貯まりません、それなら割のいい期間工を考えざるを得ないのです。
日本語教師のことを捨てきれないのなら、ある程度資金の貯まる期間工で定着できるのが理想だとは思いますが、うまくはいかないでしょう。
八方塞がり
これといった道が見えない、うぃ~という自分の道が見えません、具体的なコレといった指針がないと先が思いやられる、どうしたものか、どうしたものか・・・一度タイに行ってみることは検討してみてもいいのかもしれない。
その昔 仏あるいた 路追うも ふりきるに惜し 苦楽の身体
国矢眼介