死にたい人、もうダメな人、すべての底辺にこのブログを捧ぐ。

朝起きると、昨日よりさらに雪が積もっていた。家族に聞くと、一年に一度ぐらいはこれぐら積もる日があるらしい。

大陸ではほとんど雪が降らないことを考えると、改めて日本って雪の降る国だな~と思った。

死にたい全ての人々に捧ぐ

きのう検索クエリ(グーグルやヤフーでこのブログにたどり着いた人の検索ワード)を見ていたら、ひさんなワードが目立ったので、改めてこのブログは底辺による底辺のためのブログであると確認できました。

悲惨な検索ワード

初級編

本当に稼げる仕事

日本語教師養成講座 ハローワーク

月40万稼ぐ方法

 

中級編

期間 従業 員 バックレ

派遣 寮 バックレ

デイトレ 退場

ばっくれた

 

上級編

日本で働きたくない

もうダメかもしれない 人生

無職 死にたい

追い詰められた人が、たくさんいる

初級編の人々はまだ救いがある、頑張ろうとしていてその手段を探している感じ。だからまだまだ取り返しがきくし、ここから地道に生きることを選択できれば、人並みに暮らせる可能性がある。

中級編の人々は、期間工に行ってまとまった資本を稼ごうとするなど、すでに一発勝負に出ている可能性が高い。すでにデイトレやギャンブルなどに手を出したり、自暴自棄になったりすると人生終了となろう。しかし、昨年の仮想通過などに賭けるしかないのもまた、底辺労働者の現実でもある。

上級編の人々は、すでに私と同じように人生に絶望し、自暴自棄になっていることだろう。この段階になってしまうと、もう日本でフルタイム労働をすることは難しく、数々の失敗を経ているために一発勝負も難しく、自分が主体となってなんらかの革命を起こす以外に、ひきこもりパラサイトから抜け出る道はないのではないかと思っている。

無職 死にたい

↑のようなワードでこのブログに訪れた人が、なんとか自分と同じように生きる道を探し始めることを願うばかりだ。

私は海外に希望を見出しているので、死ぬぐらいなら国を変えてみればいい、最後には出家すればいいという思いがある。これは堅実な考えではないないのかもしれないが、こだわりが少ないということは、そんなに悪いことではない。

勉強し過ぎて頭が痛い

おそらく中国語の勉強のし過ぎだと思うのだが、かなり頭が痛い。最初はこの寒さで風邪をひいたかなと思ったのだが、違うようなのでたぶん頭の使い過ぎだと思う。もしかしたら、もう中検の準4級がとれる可能性もあり、英語でいえば英検五級ぐらいの力がついたかもしれない。合格できなくても、まぁまぁの点数はとれるだろうと思う。

一カ月ちょっとの短時間で、頭の悪い自分としてはよく頑張ったのだろうと思う。あとは現地で生活すれば、知識ゼロとは全く違う吸収ができると思う。

ばっくれ指数 131

実家飯 日/+2

実家猫 日/+2

感謝の御心 日/+5

吉林○○大学の結果が来ない 日/-2

129+2=129

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急に感謝の気持ちが沸きあがってきた。~これは悟りの境地なのか~

なんかしらんけど今日も一日中、中国語の勉強をしていると、急に感謝の気持ちが沸きあがってきた、これには驚いた。

感謝の心

30年以上生きてきて初めてのことだったかもしれない。ただ今生きているということが、なぜか単純にものすごいありがたいことの様に思えてきて、感謝としか言い表せない境地に心が飛んでしまった、不思議な体験でした。

悟りの境地か?

私はスマナサーラ長老の本を読んで瞑想を学んでいた時期があって、その道では有名な京都のヴィパッサナー瞑想の合宿に参加したこともある。そして、少し神秘的な悟り体験もしたことがあるんだけど、その時は心が無になった感じは味わったけど、それは感謝という気持ちではなかった。

普段でも、感謝の気持ちを味わうことはあるけれど、だいたい殺生によって自分が生きているということがなんとなく許せずに、自分の存在を肯定できないんだけど、今日はそれをも考えさせないような、圧倒的な感謝心のようなものが沸いて偽善心を起こすことができなかった感じだ。

でも、ある意味ではものすごく今生きているということだけにフォーカスできていて、そこだけに感謝できている状態なので、瞬間というか無常を感じられているのかもしれないなとも思う。

理由は分からないが今後に期待

なんで、突然このような感覚を味わったのかはわからないけど、今も継続中なので、数時間で終わるような突発的なものではないようだ。

なんか自分がダメとか、もう若くないとかどうでもよくなったよね。えっ俺っち生きてるじゃんうぃ~

ありがたいんですうぃ~!!!!!!!!!

ってな感じが襲ってくる。

最近少し実家にも慣れてきて、中国語の勉強も上手くいき始めたのも関係しているのかな、それと栄養も満ちてきたし、もしかしたらばっくれメーターが機能し始めたのかもしれない。いずれにしても、良いことなので今後の動向に注視したいと思います・・・・うぃ~。

ばっくれ指数 123

実家飯 日/+2×2日

実家猫 日/+2×2日

感謝の御心 日/+5

吉林○○大学がハッキリしない不安 日/-2×2日

中国語学習が進んでいることを実感 +1

日本語教師のスタートライン完読 +1

108+15=123

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勉強の仕方が分からない~なぜ勉強ができなかったのか~

今まで、イタリア語、スペイン語、英語の再学習、中国語、ヒンディー語、ベトナム語と数々の言語学習を挫折してきたけど、今回の中国語学習はなんとかモノになりそうな気がする。理由はたくさんあるだろうけど、やはり実際に住むかもしれないということで、生活がかかっているということが一番の要因だろうとは思う。

まだ勉強を初めて一カ月くらいだけど、なんとなく自己紹介ぐらいならできるようにはなってきた。

勉強ができない子供は、勉強の仕方が分からない

昨日なんとなく中国語が分かってきたなと思っていたら、突然気づいたんだけど、成績が悪い子供っていうのは勉強の仕方が分からない子供なんじゃないか、ということを発見した

勉強の仕方が分からないから、机について勉強している気になってはいるけど、実は勉強できていない。これは歯を磨いているつもりになっているけど、実は磨けていないというのと似ている。

もしあることが好きでたまらなかったり、仕事だったりすると馬鹿でも続けているうち覚えてしまうということがあるのだが、勉強だとできない子の半分以上はおそらく勉強することを放棄して、学校にいながら辞めてしまっているんだと思う。これは中学の時にちょうど中間ぐらいの成績だった自分がいうのだからたぶん間違いないと思う。だから、勉強や授業なんてものは成績のいいごく一部の子供に行われているようなものだ、なんてことを考えた。

勉強ができない子供

いちおう机には座る

できる子と同じように授業を受けていたはずだし、勉強ができる兄と同じように机について勉強(するふりを)していた。しかし、おそらく意識は別の方を向いていて、遊びのことばかり考えていたのだと思う。

やたらと参考書を揃える

参考書だけは中学の頃から人一倍買いそろえていたし、小遣いでも暗記集などをよく買っていたけど、教科書すら覚えようとしない子供には無駄でしかなった。今回の中国語では、まだ参考書を一つしか買っていないし、次に辞書を買えば、とりあえず単語集などはまだ必要ないと思っている。

もう勉強することをあきらめている

出来の悪い頭で判断して、特定の教化などは放棄しているように思う。私の場合は英語がそうで、中一の真ん中あたりからついていけなくなり、どこかで諦めていた。そうなると積み上げが重要な語学学習はもうダメだったし、数学などは勉強してもダメだった。

子供はなかなかその辺のことは話さないと思うので、親が聞いてあげるといいかもしれない、そうすればピンポイントで塾に行かせたりすると効果的だろう。

まとめ

勉強する時にはまず、色々なことを試してどうやったら効率のいい勉強ができるのかを徹底的に考えるのが良いと思う。

語学だったら、どの参考書を選ぶのかがまず大事だと思う。なるべく詳しく書かれてあるもがいいし、CDなどの情報が多い方が良い。それから、暗記カードを使うのか、どうやったら覚えられるのかを考えて試してみる。

そのことで10時間ほどを無駄に使っても、あとで充分に取り返せるし、その方が効率的だ。

ばっくれ指数 108

実家飯 日/+2×2日

実家猫 日/+2×2日

吉林○○大学がハッキリしない不安 日/-2×2日

学習の気づき+3

101+7=108

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社会不適合者が働くと、どうして死にたくなるのだろうか。

やはり、絵が病んできていると思ったんですうぃ~・・・・うぃ~。

出家するなんて騒ぎ始めてから、どれぐらいの月日が流れたのだろう。

ハッキリとは分からないがもう10年以上前から、労働しているときは常に死にたいと思い続けてきた気がする。自分では気づかない傷が、新卒の時から、否もしかしたら学生の時から、もっと小さい時から積み重なっていたのかもしれない。

都心でタクシードライバーを経験したことで、たまってきた社会への不信感は決定的なものとなり、私は日本脱出を目指すようになっていく。

思い返すと5年前の私も、罪な選択をしたなとは思うけど、見てしまったものを無かったことにはできない。日本はおかしい、もうダメだと私の直感が叫んでいた。しかしそれも幻想の可能性が高いことを私は知っている、駄目なのは多分私の方なのだろう。そしてダメな私の価値観では、日本はもうダメなのだ。

一冊の本が引き金を引いた

思い返すと海外脱出を試みるきっかけになったのが、図書館で偶然に見つけた『金なしコネなしベトナム暮らし』という海外移住の本だった。

これを引き金にして海外を夢見るようになり、ついには仕事を辞めてしまう。そのタイミングで色々な助言をしてくれる人もいたが、それを聞かずに結局貯金を食いつぶした私は、今一か八かのチャイナ行きの船にのめりこめるかどうかの結果待ちというところだろうか。しくじったものだなと思う、しかしもっと悲惨な未来などいくらでも想像できるし、今必死になってなにかを学ぼうとしているだけでも、うぃ~の自分としてはよくやったというべきだろうか。

死にたいうぃ~達

私が憧れる無職ブロガーも、私の親戚の一人も、働くと死にたくなるらしい。どうして死にたくなる人間と、ならない人間がいるのだろうか。私はチャイナで日本語を教えても死にたくなるのだろう、しかし、あるいはならないのであろうか。誰に聞けば教えてくれるのだろうか、あるいは誰にも分からないのだろうか・・・・うぃ~。

 

革命の句

仰ぎ見る 真冬の空に 白い雲

国矢眼 介

ばっくれ指数 101

実家飯 日/+2

実家猫 日/+2

吉林○○大学がハッキリしない不安 日/-2

吉林○○大学が日本語教育の原点だと勘違いしていたことが判明 -2

日本語教育のスタートラインを完読 +3

ユニクロのヒートテックを買う&知る +5

93+8=101

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中国人への印象。~人間の魅力~

絵が病んできている、これはよくないことです・・・・うぃ~。

チャイナうぃ~の風

私にはチャイナうぃ~に対してのものすごい憧れと、圧倒的なプラス印象がある。

それは三度の旅によって培われたもので、エリッククラプトンのブルースコンプレックスならぬ、チャイナコンプレックスといえるようなものが私には確かにある。

チャイナコンプレックス(中国の魅力)

これは同じ大陸うぃ~であっても中国でなければならない。

同じ大陸でも中国のお隣のベトナムや韓国では駄目だ、それは中国でなければならない。

人の魅力

中国人男性はどこか女性的な柔らかさがあり、女性にはどこか男性的な強さを感じる。

人に共通しているのは、小国の人にはないおおらかと懐の深さであり、なによりも人と人との間の壁が薄い(エヴァンゲリオンでいうとATフィールドを展開していない)ことが決定的に違う。なんというか、こう日本人のようにビクビクしていないのだ。

中国を個人旅行したことがある人なら、中国人のたぐいまれなる優しさにすぐに気がつくだろう。

もちろん歴史でなにをされたかは、被害を与えた方は忘れても受けた方は覚えており、罵声を浴びることもないではなかった。しかし、その何倍もあたたかい助けをしてもらった印象が残っている。

そしてその暖かさは、自己満足や彼らの自我を満たすためという日本人的なものというよりは、彼ら自身の慈悲心によるところから発せられていると感じた。

韓国やベトナム、日本で旅をして困っても助けてくれる人が現れるとは限らない、しかし中国で困ったら必ず純粋な心を持った善人が登場するだろう、その人は信じられないぐらいに暖かく、そして見返りは求めないだろう。

言語の魅力

中国文化での一番の魅力がその言語だと思う。

とくに漢字よりも話し言葉に魅力を感じる、同じ漢字を用いているにもかかわらず、英語の様な発音を持っており、実にやわらかで効率的に感じられるのが面白い。

よく日本人で中国語にはうるさい印象があるという人に出会うが、実際に事務的なやりとりが不可欠な個人旅行をして、筆談のやりとりをすると会話で特別うるさいということはなく、むしろそのやわらかさは耳に心地よかった。

私が愛してやまないチャイナうぃ~について書いてみたが、私の運命はどこに自分を運んでいくだろうか、そのことを私は知らない。

 

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未経験日本語教師は、中国東北部を目指す。

ここ数日のブログはヒドイ、まぁ書くことがないので仕方ないですが、それでも誤字脱字も多いのでアップした後に修正してはいる。

書くことがなくなった後で書き続けることが大事なので、そこで何を書いていけるかが大事になってくる。

斡旋会社の求人を見てみた。

中国の国公立大学での日本語教師の求人が減る気配はなく、吉林省だけでも4つも求人が出ていた。四平市などというマイナーな場所は見られず、吉林省の省都である長春市か、歩き方にも載っている吉林市のみ見られた。

私が連絡を取っている、吉林○○大学もかなり前から求人が消えている。

私は最僻地要因で確保されているようだ

斡旋うぃ~A

「例のクニヤメとかいううぃ~を最僻地に確保しとくうぃ~」

B

「あいつはなんで長春やハルビンにさっさと決めないんで?」

A

「そんな省都などもってのほかですうぃ~、あいつは追い詰められた無職なのでどこでも行くうぃ~、だから保険として残しておくうぃ~」

B

「なんとそうですかうぃ~?!

馬鹿な奴ですうぃ~、いや~愉快愉快」

 

おそらくこれに似たやりとりが斡旋会社や大学でも行われている可能性がある、私はそう思っています。資格、資金、時間、若さを持っていない私にはこのようなうぃ~要因になり果てて、なんとかして中国の大学に潜り込む、それしかないんだと思います。

うぃ~は中国東北部を目指す

もともと日本語教師を目指す人は、バックパッカーや国際結婚うぃ~などの日本に適応できなかった人が多いとは思うのですが、その中でも私のようにスキルを持たないものは、まずは中国東北部を目指せば、どこかの大学に入り込める可能性があります。

なんだかんだで日本人が悪いイメージのない東南アジアうぃ~は人気があるので、韓国や中国、それ以外のインドや南米などのマイナー国に潜り込むことが近道だと思います。

ばっくれ指数 85

実家飯 日/+2

実家猫 日/+2

日本語教師と無職への不安 日/-2

いとこが派遣工⇒正社員になる。+3

情報や土産が実家に集まる。+1

なかなか勉強に集中できない。-1

頼まれた会社のロゴデザイン案出す。+1

79+6=85

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日本に居場所はなかった~もう絶対に日本で働きたくない~

日本うぃ~などに私の居場所はなかった

こんにちは、暇さえあれば☟の動画を観ている国矢眼です。

リアルの自分を知る人ならば、のっけからシンクロニシティが起きてしまうこの動画なのだが、最近こういう偶然の一致というものが本当に良く起きていて、少し驚くぐらいのことは普通に流すようになってしまった・・・。

例えば☟コレ

 

教師の日と孔子誕生日

つい最近も私の誕生日である9月28日が、中国で教師の日になったという情報をネットで見た。中国では昔の日本の様にまだ教師がとても尊敬を集めており、その日に教師を祝うということで、私はチャイナでダブル祝福を受ける可能性がある。

もともと中国でこの日は、孔子節といって孔子が紀元前の旧暦から治すと現在の9月28日に生まれたという記録から、有名な日であることは知っていた。まぁ~これはプラスの方の一致である。

※孔子のウィキへ

だいぶ話がそれてしまった・・・

 

この年になって、ようやく自分の能力について分かってきた。

それはほとんどがマイナスの評価についてである。

一貫性がない方向性や興味・・・

集中力のなさや頭の悪さ・・・

人並みだったと思われる、セルフコントロール能力が年齢と共に衰えてきており、ちゃんしっかり生活することが年々難しくなっている。

とくに人間関係においては致命的な問題をいくつか抱えており、それが居場所がつくれなかった大きな要因であるだろうとは思う。そしてそれは👆の動画で登場してくる不器用な人達にも共通している気がする。

 

たぶん中国に行っても居場所はないだろう

こういうことは悲観的になって望む方が上手くいったりするものだ。あまり楽天的なことを想像しても、それでうまくいったためしがない。

だがそれでも、この意思の弱い私が日本で働きたくないということを貫けたということは大きいことかもしれなかった。とくに金が欲しくなってつい目先の労働に走ってしまう無職期間を、一年以上バイトもせずに過ごしたのは大きな収穫だったのかもしれない。

 

ブログが居場所になっている

お金欲しさに始めたブログが結局自分の唯一の居場所みたいになっている気がする。

中国語と日本語教授の勉強のために、もう書かないと宣言したブログだけど、結局まだ書いているところをみるとやはり自分にとって不可欠な自己表現の場所になってしまったのだろう。

 

好きなコトを好きなように書く

不器用な自分が収益化などができるはずもなく、自分の記事が一般受けするはずもない。でも、誰かに読まれている可能性があるというだけで、自分にはなにかの自己満足を得ることができるのだろうし、もうそれだけでいい気がした。

 

日記でいいんだと思う

自分のために書くのだから、もう日記でいいんだよなと思う。

その方が、自分を知っている人には楽しめるわけだし、自分が好きで読んでるブログなんてブロガーの体験や日記を書いてるブログしか興味がないわけだし。とりあえずブログの方向性は決まった、異国で仕事も決まった。

だからとりあえずのコンセプトは”日本に居場所がなかった30代無職男が、中国の辺境に移住してフラフラしながら好きなコトを書くブログ”でいいんじゃないのかな?うぃ~。

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自分を変えるには3%を変えれば、人生が変わると思う。

自分を変える、環境を変える

海外には逃げるためにいくんだ

なんで海外に行くのか、そんなものは単純な話で逃げるために行くのだ。風の谷から工場派遣に行ったって仕方がないから、せめてそれとは違う面白そうなことをするっていっても、結局は上手くいってないからそうするのであって、私は日本で居場所を見つけられなかったんだ。

 

どこへだって行ってみる!

日本に居場所はないんだから、なにも守るべきものはない。なにもないってことはそれがすでに何処へでも躊躇せずに行けるということだから、強みにだってできると思うし、なにものにも縛られずに挑戦できることを意味している。

人間なにかを始める時は孤独な方が良い、それは不幸への道なのだろうけど、それが今の自分ならば使える武器は使っていくしかない。

 

インドと社会不安障害

かつて私はインドに一人旅をしたが、当時私はひど社会不安障害で人中にいるのが死ぬほどつらかったのだが、それが見事にインド一人旅中は気にならなかったという経験をしている。

国を変えるということは衣食住すべてを変えるということだ、その環境の違いがおそらく民族なども含めれば数百と地球上にあるはずだ、必ず自分の居場所はある。なければ一生探し続ければそれでいいのではないか、それもまた特別で良い人生であるかもしれない。

 

3パーセントを変える

自分を変えるとうことは難しいが、たった3%を変えればいいのだと、ある本で読んだことがある。なるほどそれならやってみようという気になるし、今すぐでもできるのかもしれない。

 

野球選手に例えて

例えば野球選手のバッターに例えると、打率230で戦力外になっていたところを260で生き残り、その後芽が出て大成功ということはザラに起きているのだろう。しかしバッターで考えてみると3%がけっこう大変なことで、それができたら人生が変わってしまうのだ。

 

国を変えるのは3%どころじゃない

私達はだれもプロスポーツ選手ではない、そして私は無職にあえぐ底辺人間である。

私は仕事を十数回も辞めているから海外に行っても無駄だと考える人もいるだろうが、私はそうは思わない。再び日本で職探しをして働くよりもはるかに有益だと思うし、もしかしたら諸々の要因で、自分の場合は日本で転職しても1~2%の変化でしかなかったのかもしれないが、それが国を変えることで3%を超えてくる可能性があるかもしれないと思うからだ。

どこへだって行ってみる、そしてバックレるかもしれない、それで他人に迷惑をかけたとしても、私はまた新しい場所を探そうと思う。

 

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同居人を排水溝に流してしまった話

クモの こと

同居人が珍しく風呂の排水溝近くにいた、私が前々回風呂掃除をしたときであるから、一カ月ほど前かもしれない。風呂はシャワーしか使わないので、ユニットバスの浴槽の外にある排水口はほとんど汚れないのだ。

私は内心めんどくさいな~と感じつつも、なんとか非難させようとしたが捕まえることはできずに見えなくなってしまったので、思い切ってシャワーを流した。

するとどうだろう、クルクルと同居人が水流に乗って流れてくるではないか、ものの5秒ほどで同居人は排水溝い吸い込まれてしまった。

私は

「アッ!しまった」

と思ったが後の祭りで、排水溝の蓋を外してはみたがもはや生存は絶望的だった。

同居人は家の壁などにいる黒くて小さなクモのことである。

あんまりいつも壁の決まった場所にいるので、そのうち同居人として意識するようになっていた。壁の下にはエアーベッドを置いてあるので、いつも挟んでしまったのではないかとヒヤヒヤしていたが、なんとか半年以上そんな事故はなかった。

今回、いつもはみない場所にいたものだから、私の中でいまいち対策が甘くて同居人を殺してしまったのだが、彼は同居人ではなくて別のクモなのではないかという期待を持っていた。実際クモが複数匹いるかもしれない可能性はまえから考えていたからだ。

 

しかし、この事件から一カ月がたっているが私の期待通りにはなっていない。それどころか想定外といってもいいかもしれない、というのもこの事件以来一度もクモを見ていないのだ。クモが一匹しかいないというのも正直意外だったし、新規で入ってくるクモがいないというのも意外だった。

とくにお昼頃はいつも決まった壁で過ごしていたクモ、彼はたしかに私が殺してしまって、もう二度と戻ってはこないことを思うと、悲しみと後悔の念で自分をせめてしまう。

死の数日前も、その独特な動きを観察して一人で真似をしたりして遊んでいたのだが、あの穏やかな午後はもう二度と戻ってこないことを思うと、私はとても悲しく、このことを考えるといつも心は泣いている。

 

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ブログの方向性について考える~ブログと読者と人生と~

ブログと人生

ツイッターについてもそうなんですが、ブログの方向性について考えることはこれからどうやって生きていくのか、それを考えることにもつながると思う。

最初はアフィリエイトで金儲けをしたかったんですが、現状では諦めて日記ばかり書くようになってしまった、でもそれが自分にとっては大事な何かになっているんだと思う、だから続いてるんだと思うのです。

 

続けること

書けることを書いていく

今書きたいことや興味のあることに関わらずに、なによりも続けることを優先するならば、過去に興味をもったことなどの人よりも詳しいことを積極的に書いてみようと思っている。

例えば尾崎豊について書いてみる、ただCDのレビューとかじゃなくて自分の歴史と絡めて記事にしていければ読者(ファン)も納得してくれるんじゃないだろうか。

 

読者(ファン)を大切にする

ブックマークからきている人は一日30~40人ぐらいだろうか、このところ確実に増加してきていて50人を超える日もあった。

まだランキングサイトからの集客の方が多いのですが、これを抜いて100人とか集客できれば理想だと思うけど、これも継続できるかにすべてがかかっているように思います。

 

検索サイトに認識されないようにする

無職飯の記事を書き始めたことによって、

  • 一日に複数回更新
  • 内容の薄い記事も更新する

ということで他ブログとの違いは打ち出せたと思うけど、文字数の少なさからグーグルからの評価を下げてしまうということで、無職飯の記事は検索サイトに認識されないように設定してみた。どこまで効果があるかは分からないけど、検索からの集客も少しずつでいいので増えていっては欲しい。

 

まとめ

ブログ運営について考えてはみたものの、反面どう生きていくのかが見えてこない現状では、これからもブログは揺れ続けるだろうけど、そんな自分が最大のコンテンツなのかもしれないし、多分そうなのだろうと思う。。

 

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