無職や引きこもりの適性=真面目、不器用

もう少し器用に生きられなかったものだろうか

それでいいんよ~とは思うけど、いつか書こうと思っていたので書いてみる。

身の回りで働きたくない人、働かない人は全て人間的にはわりと普通で優しい人すら多いように思う。

冷たい世間

しかし、そのような人間が愛を持って世間と接しても、それに見合った優しさが返ってくるとは限らず、むしろ平気で自分を正当化して、自らの利益を拡大しようとする人間も多い。

 

優しくない人間の方が得か

普段から穏やかで優しい人間は、常に優しさを期待されており、人々はあえて遠ざけようとしないばかりか、それを利用しようとする人さえいるだろう。

優しくない人間は、自分のことばかりで他人のことなど考えなくてもいいので楽で生きやすいのではないか、必要あらば人をだましてでもお金を得て、悪いことをしても知らぬ顔、上にたてば強い叱責や馬頭で下をコントロールすることができる。

 

やさしさは弱者なのか

では優しい人間は弱く、冷たい人間(優しくない人間)が強者なのだろうか、私の実感からいくと、だいたいそれであっているんじゃないかなと思う。

優しくはない人が人生に行き詰まり、自意識やプライドをおさえこんで引きこもりになったり、社会的な影響力がゼロになってしまうようなことは少ない気がする。

成功者はそういう意味で、優しくはない人間が多いかもしれない。トランプ大統領が優しいだろうか、おそらく優しくはない人間の部類に入ることだろう、しかし社会では大成功している。

 

ひとつの結論

引きこもりや社会的弱者の希望

もしかしたらこのご時世、他人を蹴落として働かずに朽ち果てていくという、そちらの生き方の方が優しい人なんじゃないのか。

優しいことが良いことなのか悪いことなのかは分からないけど、一見いいことに感じるステータスを、社会的弱者は備えている可能性が高いことは誇るべきことであると思うのである。

 

人生の最終地点

人生の最終地点は決まっている、それは誰にも等しく平等なものだ。事故や原爆で一瞬で亡くなろうとも、家族大勢に見守れながらの病床の死であろうとも、それはすべてそれでいいんだと思う、その時には優しくない人間も、優しい人間もないだろう。

 

最大の目標

私の最大の目標は感謝の心を持ってその日を迎えるということ、それは明日かもしれないし、10年後、50年後かもしれないけれど、どのような状況の死であっても、今まで自分に命を捧げてきた命にただ感謝して死ぬということだ

常に気を配らないといけないのは、私が人生に絶望しているという点であって、そのことを意識していないと自分を正当化して他人を攻撃してしまう。だから常に中立の立場でいるために私は自分の事を宇宙から眺めるのであって、そのことによって絶望でしか見えない思想が、中立的な存在としての価値を得ると思うのだ。

 

まとめ

結局言いたいことは、それでいいんだということに尽きるだろう。生きる人も、死ぬ人も、幸せな人も、ただ生きているちう人も、すべてはそれでいいんだと思う。

労働中の息抜きについて書こうと思っていたんだけど(キャバクラとかに行けばよかったんじゃないかとかそういう類)、また違うことを書いてしまった。

 

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社会不安障害、皮膚病(アトピー、ヘルペス、酒さ)との闘い

人生は病気との闘いだった

特に顔面の皮膚病や精神的なものまで、メンタル的な闘いを強いられた。

私の人生に決定的な影響を与えた病気がある。

それが

  • 口唇ヘルペス
  • 酒さ
  • 社会不安障害

の3つだ。

 

皮膚病との戦いだった

私はアトピーヘルペス酒さあらゆる皮膚病に苦しめられてきた、人生の悩みの半分は皮膚病との戦いだったような気さえする。特に小学生の時は皮膚が弱くて、いろんな部位で湿疹ができていたけど、救いなのはまだ外見からではアトピーだとはわからなかったことである。

ヘルペスができたのは高校生1年生の時、これも1年以上にわたって苦しめられたけど、大学卒業あたりではほとんど気にならなかったし、今では99%は完治していると思う、これらの経験から皮膚病というのは治るまでに大変な時間がかかるものだと知ることになった。

酒さの時は、こんな時こそ外に出ていかなければという思いを強くして、大学入りたてという多感な時期で絶望的な状況でもめげずに変わりなく授業にも出たし、人見知りや暗い性格を改善しようといろいろな接客を経験した。

赤いお鼻のトナカイさんなどと馬鹿にされながらやった居酒屋バイトも経験した、おそらく酒さがなければ人生が変わっていただろう、しかし自分はマイナスの影響は極力受けないように努力したし、今考えても自分をほめたいと思う。結果的には病気を恨んではいるが、これが自分の人生、20代だったんだと思う。

 

社会不安障害について

初めて精神を病んだ

社会人2年目辺りで、ある特定のこと(どーでもいいようなこと)がものすごく気になり始めて、仕事はおろか日常生活さえもままならなくなって、心療内科を転々としていることがあった。

薬(抗うつ剤だった)をもらったり、カウンセリングをしたりしたがよくなる気配は一向になかった。現在でもおそらく完治はしていないし、周囲に人がいれば緊張状態が普通よりはかなり高いと思うけど、人がいるだけでパニックになるようなことはなくなった。

 

お先真っ暗

外見の病気にはある程度慣れていたけど、精神の病にはまいった。

なによりもう自分の人生は終わったかもしれない、一生働けないかもしれないと思うことが多くなった。その中で唯一やれそうなことが、

  • タクシー運転手
  • トラックドライバー

の2つで、その仕事を意識するようになったんだ。

 

カウンセリングの話

先生

なにか原因は思い当たりますか? 」

クニヤメ

わかりませんうぃ~でも仕事で人並み以上に挫折してますうぃ~

先生

・・・・・転職を繰り返したことによる適応障害と

落ち着く呼吸法が・・・とか

こういう考えを・・・とか

色んなカウンセラーがいたけど、ほとんど意味がなかったな。原因がわからないものに治療ができるわけがない、酒さと同じだ。

そして誰だってそうだと思うんだけど、墓場にもっていくしかないことを抱えているわけであってね・・・。

それを形を変えながらこのブログでは少しづつ表現していきたいと思っている、出せなくてもにじみ出てくる生き様があると思うんだ。

流してきた血や涙が自分の言葉となって出てくるんだ、自分の経験だけしか言葉にはできないものなんだと思う。

 

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藤井聡太四段の敗戦で、幼少の頃を思い出した。

将棋と私について

一番昔の記憶

古い記憶

古い記憶を思い出した、私が憶えている限りもっとも古い記憶であると思う。

それはまだ保育園児だったころのバスの中での記憶だ、おそらく3歳~5歳ぐらいの記憶だと思う。

 

朝一の将棋

保育所には幾つも将棋盤があって(オセロなどもあった気がする)、朝バスで保育所に着くとまず将棋を打った。打つ相手は決まっており、一人の友人と何年も対戦を続けていたと思う。おそらくバスのルートの問題だろうか、決まって私たちは早く保育所に着いていたのだ。

 

バスの中で戦いは始まっていた

バスの中で戦いは始まっていて、私は今日は角から攻めようかとか、飛車から攻めようかということを一番に考えていた。作戦と言っても単純なもので最初に角道を開けるのか、飛車道をあけるのかといった程度である。

 

勝負に臨む不安

私が強かったのか弱かったのかという、その辺の記憶は全くない、ただ、毎日うっていたという記憶をこのところの将棋の話題で急に思い出した。そして一番強い記憶が、実際に将棋を打っている場面よりバスの中で勝負に臨もうとする心の面であることも驚きである、それは保育園児には似つかわしくない緊張であった。

 

藤井聡太四段

同じスタート

藤井聡太四段が将棋を学んだのも、私と同じぐらいの年齢だったはずである。彼は天才であって比較するのもおかしな話だけど、あの幼少の頃から将棋を続けてそれですべてを手に入れている人がいるということが新鮮な驚きである。

 

天才の条件

環境と才能が合わさると人は天才になるのだろうか。いや、答えは生まれた時かせいぜい2歳ぐらいまでで出ていると思う。生まれたときの能力と1歳ぐらいまでの環境で8割が決まるだろう、あとはその後の環境で変化していくが、持って生まれた能力は変化しないはずだ。

成長するという意見もあるかもしれないが、将棋(考えること)が好きだったという彼の資質と、高いレベルのIQ(記憶力など)、集中力はある程度決まっていただろう。

 

無職の才能

無職にも才能が必要だと思う。

無職に耐えられないという人もいるはずだが、無職でも平気な顔をしている人もいる。本当に無職が転職であるならばそのままニートになってしまうのだろうか。いずれにしろ、第二の藤井聡太をめざすのではなくて、自分の原点に立ち戻るべきなのではないだろうか。

古い将棋の記憶が、それを思わせてくれた。

 

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生涯の目標は決まっている無職、どんな人間も最後は無職。

生涯の目標はすでに決まっている

それは、死ぬときに死を受け入れるということです。

どんな人間も最後はゼロ

どんなに地位や名誉、成功を積み重ねても最後は、死ぬ時はゼロになります。後世に残るような偉人でも、死んでしまえば関係ありません。

人生の最後は、若かろうが、年寄りだろうが、一瞬だろうが、苦しもうが、最後は死と向き合わねばならない。これはボケていようが、どれだけの判断基準があるないにかかわらずに、すべての生命が、自分の感受能力を最大限に使って感じるものだと思います。

一切皆苦(生命維持に関わるものすべてが苦である)

人生の最後には痛みや恐怖と闘わないといけない、そのことが宿命づけられている一点からでも、釈迦が説いたように人生は苦しみであるということが、証明されています。

どんなに、それを否定しても最後にバラ色の楽が待っているという命はないのです、死ぬことが楽しくて待ちきれないという命は存在しないでしょう。

それでも馬鹿なりに立ち向かう

私はそのことを否定して、そこから逃げるつもりもありません。

釈迦が説かれたように、私はわたしの弱さをかかえながら、それでもそこから逃げずに正しいところを目指そうと思う。勉強して、あらゆる知識を吸収して、知恵をつけていく、そして行動を変えていくことで立ち向かいます。

解決策は一つしかない

今までの経験から、死の苦しみを克服するには瞑想しかないんじゃないのかと考えています。それも、かなり本気で取り組まないといけない、おそらく10年以上、それでもできないかもしれない、でも取り組むべきだろうと思っています。

瞑想の達人の世界

  • 呼吸が一分間に一回
  • 痛みの感覚がほぼなくなる、(舌に針を通しても無痛等)
  • 出血すらしない
  • 睡眠時間は2,3時間程度しかいらない

全くもう魔法の領域です、いかがわしいことこの上ありません。

しかし、もともとの仏教や瞑想は宗教ではありません。私は、一週間のヴィパッサナー瞑想の就業に参加したんですが、正しい指導を受けると、瞑想がいかがわしい要素が少ないものであると分かります。

平静

平静とは、バランスの取れた心です。

平静とは、渇望や嫌悪のない心です。

平静とは、不快な感覚が終わることを望まず、そして快適な感覚が続くことを望まないことです。

(※瞑想会の重要な教え)

 

瞑想の到達点とは、人間が生命維持のために意識的かつ無意識に分けている、

  • 自分の命にとって都合の良いこと
  • 自分の命にとって都合の悪いこと
  • その、どちらでもないもの

という区別をなくすことと言えると思います。

それが見えるようになると、自我を超えた本当の世界、ゆがみのない世界が見えるとともに、痛みや恐怖すらも、あえて遠ざける必要がないものとなります。

そして、苦痛=生命維持が働いている

ということを明確に観察することで、自我を超えていく行為でもあります。

私(無職)が常に留意すべき点

そもそも私が人生に失敗したという点

普通になりたかった

私は、普通に中高と卒業し、大学まで行かせてもらいました。

まぁ美大という変な大学だったために、私が変な世界に行くということは、なかば自然な選択だったように思われますが、それでも普通に就職しましたし、このまま普通に働いて結婚して、ごく普通の人生を歩んでいくのだと思っていました。

現状が悪いとはいいいませんが、この無職で生きる希望すらなくしているというのはある意味では想定外というか、これは親族が子や孫に期待する本来の姿ではないと思います。

だから、そもそもの私の人生はどうあがいても失敗したという現実を、まずは私自身が理解しておかないといけない。

色々なものを諦め、逃げたうえで、この思考があって、この記事もあるということです。

私が嫌うこと

私は

  • 自分をごまかすこと
  • 物事を正義と悪に分けること
  • 考えるのを放棄すること

が嫌いです。

かといって嫌うことが目の前に現れても、それは受け入れ、否定するようなことはしません。なので、むしろ自分自身が嫌いにならないようなことを意識しているのかもしれません。

従って常に、私は自分自身の弱さを把握して、それを俯瞰的にとらえる必要があります。

変なことを書いてしまった

今日はこんなことを書くつもりじゃなったんですが・・・

このテーマについてはまた書きたいと思います、それでは👋

 

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世間の評価をよそに、人生に満足感を漂わせる無職

※以下の内容は、あくまで自分のスペックで生きた自己評価です。

残された時間はもう多くはない無職

残された時間は、もう多くはないでしょう。

人や、平均と比べるつもりはありません、自分が純粋にそう思うだけです。

人生80年と考えれば、まだ50年近くありますが、世間の常識に自分が合わせるつもりはありません。

人生は長さではなく、いかに真剣に生きたかだと思います。

 

自分を偽って評価するつもりもありません

自分はクズで負け組の底辺です、ただ、日本という幸運?な場所に生まれたために、なんとか生きながらえてきました。

しかし、もうこれは、これ以上は頑張れないなぁ、そういうところまで真剣に生きたという、自己満足感があります。

いかに世間の評価はクズで、役に立たない無職でも、

あ~自分はやったな~やったなぁ~頑張ったな~

逃げずにやったな~と思います。

たとえ過去に戻れても、過去の自分ほどは頑張れない、真面目にはやれないだろうなという気持ちがあるのみです、ただクソ真面目に、強くあろうとした自分の姿がありました。

ただ後悔することがあるとしたら、もっとテキトーにやればよかったと思うばかりです。

しかし、もう一度人生があっても、また正面からぶつかって、ボロボロになる自分がいるんだとは思いますが、もう悔いはないという気持ちがあります。

 

人生は、いかに本気になったかだと思う

人生は長さではないと思います

いかに本気で、何年、何カ月、何時間、何秒でもいい、どれだけ本気になったかということではないでしょうか。

本気になった経験以外は、経験は、それほど役に立つものではありません。

そんな考えの自分は嫌ですが、そういう性格なのでしょう。

そんなバカげた考えになってしまうのです、おもしろおかしくでは生きられませんでした。

自分をごまかしたり、弱いと思うことにはすがれませんでした、これからも、たぶんすがれないでしょう。

そして、答えのない問いに向き合っていくでしょう。

本気になるということは、莫大な、悩み行動できない時間から生まれると自分は思っています。

だから、行動できないということは、そんなに悪いことではありません、沈黙があり、爆発があるのですから。

だから、引きこもる期間は人生で大事だと思います。

自分は、どのくらい本気になれただろうか、1年、一カ月、一週間かもしれません、しかし、その期間が自分の人生の全てだったと思います。

一瞬でも煌めいた自分の人生があるから、悔いはありません。

 

新しいことはもうできない無職

人生80年とはいっても、人間が成長できる期間は限られています。

また、新しいことに適応する力は、私の場合は29歳辺りでガクッと落ちました。

それを考えても、30歳を過ぎると、新しいアイデアを生み出すのは難しいことだと思います。

後は、人生の中で、今までの引き出しにあるものから、バリエーションが増えていくだけのような気がします。

だから、よく定年してから何かをしたいとかいう人がいますが、その何かをすることは永遠におとずれないでしょう。

60歳を過ぎても現役の感性を持てる人は、それも100人に1人の才能だと思います、

普通の人は、精神がついていかなくなるので、30歳までに身につけたことで、一生を終えると思います。

 

一生分の挑戦はした無職

自分の人生は、キャリアとしては間違っていたのだろうと思います、しかし、20代ピーク説を考えるのであれば、間違いではなかったともいえます。

無職期間が長かったお陰で、自分の人生に本気で向き合えました。

あとはもう、いつ死んでも後悔はありません、今ままで自分を生かしてくれた、牛や豚、鳥などに感謝の気持ちがにじむのみです、感謝しても許してくれないでしょうけど。

私も彼らの命と共に土に帰っていく日を待ちたい、そんな思いは日増しに強まっています。

私の人生は負け続け、なんの評価もされないのでしょう。

しかし、やったな~、あ~私は生きたな~

という自己満足感は消えません。

そして、宇宙が私をまだ生かそうということなら、たった一秒でも、本気で生きる刹那を、また生きたい、その努力をしたいと思います。

我が人生に悔いなし。

今まで生かしてくれた命に、償い続け、命とはなにかを考え続けて。

 

辞世の句

清流の 面影残る川べりの 命の中を流れるままに

国矢眼介

 

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無職にこだわる30代~すべては期待値を優先して~

期待値”という言葉がある。

私が影響を受けたネット界の住人で、この言葉を多用する人がいる。

その住人は、生き方のすべてに期待値を取り入れ、本職のパチプロ~ネットビジネスまで、結局1度も就職せずに、自由を手に入れてしまった。

今では世界中を放浪して、好きな場所で生活している。

期待値とはウィキペディアによると、

確率変数の実現値を、確率の重みで平均した値である。例えばギャンブルでは、かけ金に対して戻ってくる「見込み」の金額をあらわしたものである。

とある。

要するに、確率の平均値である。

ブログで稼げるかは分からないけど、期待値を優先して考える。

ブログでいくら稼げるかは分からない。

しかし、色々な情報を見ていると、一年続ければある程度の結果は得られそうだ、

具体的には一日に1000円の不労所得が手に入る可能性は高いと思う。

正確には、不労所得ではないが、

全く更新を辞めてしまっても、いくらかの収入が発生する。

私は自由に生きたいし、社会性もコミュニケーション能力もないとはっきりしたので、労働をしなくてもいい可能性にかけてみようと思ってる。

月3万円稼げれば、それだけで10年で360万円になる。

どうせお金を使う目的はないのだ、だったら

1年後のブログの可能性に貯金を全て使ってもいい。

今、貯金を切り崩したくないといって、焦って労働しても、それじゃあ自転車操業みたいなもので、ずっと働かないといけない。

働かなくても良い可能性があるほうにかけるわけだ、

先日の”「好きなこと」だけして生きていく”の記事にもつながってくると思う。

なんとか粘って、少なくとも本業はネットでの活動にして、足りない分を他で補えれば最高である。

興味がある仕事はたくさんある

ハローワークに行けば、興味がある仕事はいくつも見つかる。

でも、今就職してはいけない、というかそもそも就職に向いていない。

そして、就職しても嫌になることは目に見えている。

どんな仕事でも人と関わる必要があるが、

私には、その能力がないのだから。

無職を続けるにも才能が必要だ

無職にも才能があると思う、

なにもしなくてただ家で過ごすだけで満足できる能力である。

私にはそれがあるから、働く必然性がない、

だから頑張れないというのもあるのだろうか。

それでも、ただ生きているだけで、家賃、食費と多少の読書と最低限の衣服は必要だ、

どうやってそれらを買うお金を得ていくのか

ブログはその、強力なツールになる可能性があると思う、

今のその可能性に賭けてみたい。

 

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人生が詰んだ無職~そして期間工は私のエリートになった~

無職ひきこもりなので、ブログ漬けの毎日である。

ブログ、ブログ、ブログの日々

無職以外は、ブログなんてやらない方がいいな、やることが多すぎる。

特に株ブログのリライトに膨大な時間がかかってる、

まだ一カ月というのに200記事以上になったので、なんかが気になりだすと寝られなくなる。

お金もない、息抜きもできないとなると思考は内面へとむかっていく。

あ~今日はも~書けね~わと思っていて記事をひねり出すと、

とんでもない記事ができあがっていたりする。

 

ひねりだしたバックレ日記

最近ひねり出してるのが期間工バックレ関連の記事だけど、

かなりのアクセスを集めているみたいで、もう抜くのは至難だわこれ。

それぐらいわざわざ検索してまで、バックレ日記を見に来る人が多いみたいだ。

同じように、期間工などをバックレたい人が多いってことなのだろうか。

 

変な検索ワードから「風の谷の無職」へようこそ

自分のサイトが、どんな検索ワードで表示されたかが分かるんですが、面白いものをあげておきます。

  • ドラゴンボール 無職
  • ひきこもりおじさん
  • ポアしなさい
  • やけくそ 人生
  • 期間工 もやし
  • 子供が欲しいと思ったときにするべき努力

個人的にうけたのがこんな感じ、あとは当たり前の”期間工 バックレ”とかです。

ドラゴンボールとか一度も触れてない(追記、触れてました)、

ポアしなさいは覚えがあるけど。

ひきこもりおじさんってだれだろうか。

洞窟おじさんならずっとブックオフで探しているが、やけくそ 人生ってどんな人が検索するのだろうか、さすがに自分でも検索したことないですね。

 

螺旋階段を下りるように少しづつ

人生が少しづつ、詰んできている気がする

こうはなりたくないなという人に自分がどんどんなっているんですよ。

このままいくと本当にホームレスになるかもしれない、

もう浮上することはできない気がする。

 

大学時代の日雇いバイト

大学時代にも、数回日雇いバイトに行ったことがある。

資材搬入などのきつい仕事だ。その時に、けっこういい歳の人たちがたくさん働いていて、昼休みとかに話すと、いつもは派遣で工場にいっているという。

 

固定でいけてるんだよ、日雇いは土日に好きな時に働いてる(`・ω・´)キリッ

っていう感じで、さも自分はエリートですという感じでいわれた。

当時の自分(2002年とか)には派遣で工場勤めということが理解できなくて、なんだこの人、将来どうするつもりだ、バカだわこいつ(*´з`)

とか思ってしまった。

当時の私には、まだ社会で普通にやっていけるという希望があったのだろう。

それぐらい挫折が少なかったということだ。

 

派遣への転落

それから時は流れて10年とたたないうちに、私は派遣の門をたたいていた。

そして、その派遣勤めもできないということが経験から分かってきた。

なんのことはない、信じられないけどその人はエリートだったのだ、認めたくない、認めたくないけど、うううぅ~悲しいのう、悲しいのう、(ノД`)・゜・。

一週間以内に辞めた工場、4回、そのうちバックレ2回を数える今、はじめから新卒から派遣にいってればと思わないでもない。

実際、一度も就職しないで、派遣から始める大卒者にもあったことがあるが、プライドを持って働いていた。

自分はその辺、社会を馬鹿にして、へんにエリートぶってしまったんだと思う、でももう仕方がない。

たぶん何をやってもこうなっていたような気もするし、今できるかすかなブログ広告収入という光に向かって、毎日を頑張るしかない。

 

40過ぎのエリート期間工

浜松ホンダ期間工は、年齢層が高くて、40代の期間工がけっこういたけど、自分にはエリートである工場派遣および期間工はできない可能性が高い。

いや、そんな普通は目指さないでしょうといわれるかもしれないけど、能力には差があるのだ。

つい3年前にはバカにして、見下してさえもいたかもしれない、心のどこかでは、彼らが今は羨ましいエリートになってしまった。

 

上海で出会った日本語教師

2009年に初めて海外で、バックパッカーした時に

なんか中国はのんびりしていいなと思って、日本語教師をしています

 

という30代の男性に合った。

ファーストフード店かなんかで、朝飯を食べているときに出会って、

友人と

 

あんな風に日本を追い出されてもう目が死んでるよ、死んどるけ~な~

とかいって散々バカにしたものだ。

さんざん馬鹿にしていた時、彼がひょこっと現れて気まずい思いをした記憶もある。

 

思えば当時、馬鹿にしている場合ではなかった。

彼は大師匠だったのである。

私がもっとも教えを乞う漢だったのだ。

 

なんのことはない、今自分が一番欲しい資格が日本語教師である。

私の螺旋階段は、今日も下り続ける、いや、上りの螺旋階段なんて人生にはそもそもないのかもしれない。

なんとか負の連鎖を止められるだろうか。

これからホームレスを見たら、仲間だと思うようにしようと思う。

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おみくじで凶をひく~京都、鞍馬寺からのメッセージ~

今年の2月、鞍馬寺で引いたおみくじを見返してみた。

おみくじを引いた背景

当時の私は、まだデイトレ退場前で、最後の真剣勝負をかけようとしていた。

トレード10年以上で負け越した額は、300万円に上ろうとしていたが、多画面モニターパソコンを用意して、本格的なデイトレに参入しようとしていたわけだ。

このブログも、ちょうどそのさ中、デイトレ収益日記として誕生した。

そんな中、年末年始に帰省していなかったので、一度帰省することになり、京都の友人を訪ねた時に、鞍馬寺に立ち寄った。

 

人生で初めた引いた凶

参道の途中、中宮のような場所でおみくじがひけるようだ、相場の二倍の200円の、無人高級おみくじであった。

 

私は、デイトレのゲン担ぎに一つお金をかけてみようと思った。

そこで引いたのが、人生で初のおみくじである。まさか凶を引くとは思ってもみなかったし、保存することをみこしたかのような高級紙である、受け入れるしかなかった。

すぐには消化できないなと、すぐに感じた。

今思えば、私をデイトレ地獄から救ってくれた、大きな出来事であったかもしれない。

 

株式トレードはギャンブルだ、ギャンブルを辞めるというのは並大抵のことではない

西原理恵子さんもこの本で書いていた

もう手元にないので詳しくは分からないけど、ギャンブルにおいて大事なのは、寸前のところで立ち止まって

  1. 超えてはいけないものに気づけてひきかえすのか
  2. なにもかも犠牲にして、一線をふみこえていくのか

で人生の明暗が分かれると書いていた。

そして、ギャンブルから足を洗うことは難しく、自分の周りでも、ほとんどの人が2になってしまうという。

 

ギャンブルに追いつく稼ぎなし

西原さん自身は、

”ギャンブルに追いつく稼ぎなし”

という常識を破れて、稼ぎがギャンブルに追いついたので助かったというのだ。

私の場合も、もし

  • 年末年始の100万以上の損失
  • おみくじ凶

がなかったらどうなっていたか分からない。

神仏にすがるタイプの人間ではないけど、鞍馬寺は私の一番よりどころにしている場所であるから、それが大きかった。私にとっては、常になんらかのメッセージを与えてくれる場所だ。

 

デイトレに手を出さない自分が、今でもよくわからない

なんで、こんなにすっぱり辞めれたのか、足を洗えたのかということについては自分でも不思議だ。

ブログにデイトレ退場を宣言しての、あっぱれな幕引きだった、今でもトレードをしたいと思うことはあるけど、もう二度とやらないようにしたい。

 

私は、足を洗うことで完全に目が覚めたようだ。

儲けられる可能性はあると思うし、成功できる人はいるだろう。

しかし、自分にはバカげたことをやっていたと思えるようになった、自分にはできないことだったのだ。

 

今持っている株は、ずっと持ち続けるだろうと思う

といっても、もうベトナム株しかないんだけど、困らない限りはずっと持ち続ける。もう月に数回しかみることもなくなったし、下がろうが上がろうが気にはならない。

いろんな要素があると思うけど、このブログやおみくじが救ってくれたのは絶対にある。とくにこのブログに打ち込めなかったら、きっと手を出していたに違いない。

そしてズルズルと資産を減らしていただろう、考えるだけでぞっとする。

デイトレ用のパソコンを、寸前のところで買わなくて本当に良かった。

 


鞍馬寺、おみくじ全文

第39番 凶

このみくじにあう人は

万事

我が頼みに思うものに

そむかれることあり

油断は禁物

火災盗難に注意

しかし、

神仏の御加護を念じ

身を慎み誠を尽せば

遠からず幸せは訪れる

○病気 一層の養生

○恋愛・縁談 時を待つべし

○待人 来ず

○訴訟 叶うでも悔むことあり

○失物 出にくし

○売物 時を待て

○建築・移転 時を改めるがよし

○旅行 見合わせるがよし

○金運 急ぐべからず

○受験 努力し、時を待つべし


以上

 

 

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求める旅=人生のカタチ

あぁ旅に出たい、でもお金ない

どこかに出かけたくて、放浪したくてうずうずしています。

お金はないんだけど、今年はいかなければいけないような気がする。無理していけば、なにかが見えるような旅になる気がする。

私の根拠のない自信はけっこうあたることが多いです。

たまに、絶対無理だと思うことでも、最初に確信してその通りになったことが人生でもありました。

ただし、確信できることは人生に数回だとは思いますけど、2010年インド旅行の前でもそれは起こりました。

私の予想は

  • 人との出会いではない

  • その出来事によって人生は変わらない

  • しかし衝撃を受ける出来事である

ビジョンが確定すれば、あとは運命に向かえば自然と当たってしまう、そこに起きなかったらどうしようという不安はないんですよね。ああ、起こってしまうんだなという気持ちです。

結果は、仏教最大の聖地であるブッダガヤーで釈迦の誕生日を迎え、全く知らなかったのに、仏教徒が世界中から集まり、数万人規模のイベントを目撃する

ことで幕を終えました、このことだったのか。だから呼ばれたのか、と納得できた瞬間でした。

アジア中から、旗を持った僧侶たちが、歩いて四方八方からマハボディー寺院に向かってくるのは荘厳の一言でした。

マハボディー寺院は石組みで、日本のお寺の方が厳かだと思われるかもしれませんが、鳥居のもととなったトーラナを備え、比較できない歴史の長さがあります。私が目撃した、人生最大のイベントでしたね、日本のものなんて全てインドがもとになっている新しいものです、とインド人に笑われました。

今回見えているビジョンは、人との出会いに関係があるような気もします。

しかし、まだ少し薄いですね、今後の自分の感性に注視したいです、なにかが起ころうとしている、そんな気はしています。

旅の目的地を考える

もっぱら現在の私の関心ごとは、

自分が旅に何を求めているのかということです

旅と人生はイコール

で例えられることが多いので、それが分かれば生き方までもみえてくると考えています。

・中国、韓国

(ソウル、北京、呼和浩特、銀川、蘭州、西安、上海)

・インド

コルカタ、ダージリン、ガントーク、ブッダガヤー、デリー)

・シルクロード

(上海、敦煌、トルファン、ウルムチ)

・インド再び

バラナシ

・ベトナム 、中国

(ハノイ、雲南省)

これらの旅の記憶から、思い出深い都市を上げてみると

ベスト3は

  1. コルカタ

  2. 敦煌

  3. ブッダガヤー

となった。

この3つの都市の特徴から、私が求めえているものを考えてみます。

自分が思い描いているものと、本当に求めているもの

自分の理想とする旅の漠然とした姿がある、街並みがきれいで、どこかこじゃれていて、刺激に満ちているような場所だけど、本当に良かったと思えた場所は違うんじゃないか。3つの都市をみるとそう思ってしまう。

バラナシについては、体調が悪かったために四大聖地サールナートにも行けなかったし、評価しにくいところではある。

ずば抜けてよかったのが、コルカタ。最も期待外れで他人とのかい離を感じたダージリン

期待していたダージリン

ダージリンにはすごく期待をしていた、ネパールにも近く聖なるヒマラヤを身近に感じることができるからだ。私は山の中で育ったために、世界一の山脈と、そこに作られたリゾート都市に向かったのだが、結果的には良さが入ってこなかった。記憶に残っているのは食事ぐらいで、あとはコルカタの方が断然良かったが、行動を共にした人ではダージリン人気は高かった。

コルカタのなにが良かったのだろうか

おそらくそうだろうなと考えるのが“死にたい”と思っている人はブログをはじめてみようでも触れた、幸福とは誰かとなにかを分かちあうことだという点ではないかと考えている。

コルカタは旅人の出会いの街だ、ネパールやダージリンを目指す人、東から来た人、西から来た人、マザーテレサの家でボランティアをしている人、長期滞在している人、などなどいろんな目的で滞在している人がいる。とくにマザーテレサの家の存在が大きい、看護師や修道士などが専門職として日本からボランティアに来て、旅人と同じ宿に宿泊している、そこで色んな立場の日本人と話すのはとても刺激的だ。

初めて一人旅で訪ねた街

なので、思い出深いというのもあるのかもしれない、実際、後半戦で訪れた旅は、どこか寂しさのような印象が残っており、候補には上げにくかった。

しかし、たまたまのことなのかもしれない。

漠然としたイメージを頭の中で整理すると、

これといった場所があった

  1. ホテルパラゴン”(コルカタ)

  2. 莫高窟(敦煌)

  3. マハボーディー寺院(ブッダガヤー)

という、これといった見せ場を抱えていたというのも大きいのかもしれない。見せ場は一つじゃないと、西安とかトルファンみたいにいくつもあると、ありがたみがないし、気軽に徒歩で行けるようなマハボーディー寺院のような場所が望ましいかな。

私の場合、バラナシや、ダージリンのように町全体が見せ場というよりは、普通の安宿街に泊まって、街に超有名スポットがあるというシュチュエーションなのかと思う。

そういう意味では、カンボジアのアンコールワットとかいいんじゃないか、これは全然候補にはあがっていなかったけど、いいんじゃないのか。

そういう意味では、今興味のあるインドのジャイサルメールの城壁もいいだろう。宿街から徒歩で行けそうだ、ネパールは、ダージリンやバラナシなどのリゾート型に近い気がする。

答えは、出会いのための安宿街、身近にあるスポット

ということができるかもしれない。出会いは水物であもあるので、ある程度の旅人街があって、有名スポットがある場所には行ってみる価値がありそうだということが分かったのは大きな収穫だと思う。

一番は実際に行ってみることで、無形のものはたくさん得られる

だから、いつも旅には憧れてしまうのだ。

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検索から人が来ない、ブログ最初の1カ月の辛さは想像以上だった

ブログの最初の一カ月の辛さは想像以上だった

とにかく反応がない、やりがいがない、ネタがない

のないことだらけだといってもいい。

当ブログである『風の谷の無職』がだいたい1月半、もう一つのブログがちょうど一カ月であるが、辛い時期はだいたいあと2カ月ぐらい続くだろうと思われる。

とにかく検索から人が流れてこない

ランキングや、お気に入りからしか人が来てないっていうのがデータで一目でわかって、これが辛い。だからずっと訪問者も横ばい状態、3カ月我慢すれば爆発的に伸びるって分かってても、皆が挫折するっていうのは本当に納得した。

この無風状態は、よほどネタがある人か、特定の日記しか続かないだろう。私の前職だったタクドラのブログが多いはずだ、日々の乗務日誌をブログにできるから。

人はすぐに結果を求めようとする生き物だ

ということがつくづく分かった。でもここで踏ん張らないと前には進めないし、無職旅もブログ飯もかなわなくなってしまう。このブログは3か月後は続くと思う、失業給付もあるから、しかし半年続くかというと五分五分だろうと思う。

今後続けていけるかは

  • 完全な無職に耐えれるか

  • 訪問者の増加が実感できるか

  • 息抜きができるか

ということが重要になってくると思う、この無風状態があと3カ月も続けば挫折してしまう可能性が強い。自分では、まだまだできると思っていたが、こんな投稿をしてしまうあたり結構追い詰められているのかもしれない。あるいはネタがないだけかもしれないけど・・・しかし今日も私は生きている、そういうことだろう。

自分で勝手にハードルを上げてしまう

ブログ運営の、すべての能力が一か月間で上がったと思う。

アイコン画像の作成から、文章力、見せ方、ウェブの知識など、分からないことだらけだが、一月前とは違う。しかし、それだけに自分自身に求める記事の質が上がってきており、気軽な投稿ができなくなっている。おそらく最大の難しさはこのあたりだろうと思う。

良記事の定義はいかに手間をかけるからしい

見ず知らずの人に、何かしらの情報や感情を受け取ってもらうには10分や20分で記事は書けない。

だから、よりよく伝えるために画像作成、見出し、なにより文章量が必要だ。いろんな準備が必要だし、手間がかかってめんどくさい。でもグーグルはそういう記事を求めていて、無駄なページがあるとそれだけで検索順位は落ちてしまう。そこがブログの最大の難しさだと思う、それで自らの行動を抑制していって、最後には投稿できない、書けないということになっていくのだろう。

ブログを複数持つことが重要だと感じる

私は2つのブログを運営していることに救われている

もう一つのブログは、株専用なので、今まで培ってきた10年間の知識で更新には困らない。無風状態ということは変わらないが、主に数字を扱っているため、行う作業は全く違う。数字は自分の適性には反するし、好きなわけではないが、このブログの息抜きにはちょうどいい気がしている。ただ、このブログに比べれば気が楽だ、更新のテンプレートが決まっているので生みの苦しみはない。

収益面でもブログは多いほうがいい

広告収入の面でも、ブログを複数持っていたほうがいいと思う。複数のサイトに、複数の広告をはれば、それだけ広告数もふえて誰かの目にとまる確率があがる。現状でも、どちらかのサイトがクリックされて、毎日収益が上がっている。

長期的にみれば、このサイトはお小遣い程度の稼ぎで、もう一つのサイトに依存していくことになる気がしているが、やってみないとわからないので、このブログも大事であることは変わりない。できれば3つ、4つと無駄にサイトを増やしても、マイナスにはならないのではないかと感じている。

どうやって息抜きをするのか

伸びないと分かっていても気になるPV数などから解き放たれるには、旅行とか行くのが一番いいんだろうとは思うが、そんなお金はない。株の損失がなければ、今頃フィリピン辺りに英語留学していた頃だろう。ゲームとかで生産性のない時間を過ごしたいけれど、それもブログが書けなくなる。

3月のライオンを大人買い

ブログも書けて、息抜きもできるって、海外放浪ぐらいしか思いつかない。そんなこんなで迷って、漫画の『3月のライオン』を大人買いしてしまった。

NHKのアニメが凄い面白かったんで、ファンになりました。

1~12巻と『火の鳥』生命編も購入。そんなにお金がかかることでもないし、時間もあまりとられないですむのではないか。今、気晴らしはテレビぐらいしかないので、紙に触れるのも気分が変わっていいだろう。

更新の合間に読んでいこうと思う。

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