無職でいることが安定感をます悲しみと矛盾

無職でいることによって、心は安定している。

不安定な記事が増えてしまうのは、単純に金がないからである。

金さえあれば無職でも安定しているが、金がないことによって実は不安定になっている。このことの考察をすべきであると考えた。

 

無職で不安定なのか、金さえあれば無職でも安定なのか

もしあふれる金があったならば、

  • 無職じゃだめな人
  • 無職でも安定している人

にはっきり分かれると思うのだ、私は完全に後者の部類であるので、無職でいるということだけで、それだけで十分なメリットになりえる。ただ金がないために生活に困るというだけで、他の部分ではどんどん健全になっていくことだろう。

 

最低限のカネ

もし1人で生きる分に、必要最低限のカネが振り込まれれば、おそらく一生働くことはないだろうと思う。毎月10万やるけど、一生それ以上は稼げないと言われても迷わずオッケーするだろう、10万じゃ生活できないと言われようが、何と言われようが迷わずオッケーするだろう。

 

なにもいらない

無職じゃあ不安定になるとか、やりがいがないとか、そんなことに困るような性格ではないのである。どこまででも

  • 1人きり
  • なにもしない

ということに、耐えられる過剰な内省的な性格によってすべては解決してしまう。またある意味では自分に厳しい性格である。なにかに逃げることなく10年以上も一人きりでいれば、孤独にはなんとか耐性がつくものだと思っている。

 

ペット(哺乳類)もいらない

私はとてつもなく動物が好きだけど、おそらく自分の孤独をいやすために動物を飼うことは一生ないだろう、つまり一人ぐらしでは飼わないので、一生飼うことはないであろう(メダカとか金魚以外)。

 

無職は拝金主義になったのか

なにが自分を拝金主義に変えたのだろうか。いや、正確に言うと拝金主義とは無縁のところにいると思う、何かを所有するという意味で、自分ほど興味がない人間もいないのではないだろうか。

 

モノが要らない

一生車はいらないし、できれば所有したくない、田舎などに住むことになれば嫌々持つだろうけどそれだけで苦痛である。

牛を持つものは牛によって憂う、何も持たないものには憂う必要がない

仏陀

 

というような仏陀のお言葉があるが、その通りだと思う。

 

 

サービスが要らない

生きることに必要最低限の刺激は要らない、ただどうすれば

  • 苦痛なく生きられるのか

という難題に向き合うことが無職では可能である。

 

そもそもオレッちいらねーじゃん

このようなことを考えると

  • 自殺
  • 出家

などという大層なワードの出現となるが、それらのワードをあえて恐れずに、おくせず思案していくということが重要だと考えている。

 

ブログがしんどい

ブログは面倒くさいし、しんどいけど、文章を考えることによって自分を教えてくれる。文字にするということは、ワードが持つ力が増幅されて悪影響を受けそうなものだが、それ以上に自分を知ることのメリットは計り知れない。

正しく生きれるよう、自分にしか導けない答えに向かって、情報をアウトプットしていきたい。

 

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本当に誰でも月収50万円(手取40万)以上稼げる(たぶん)唯一の方法

 

今日は、都心のタクシードライバーの収入について書きたいと思います。

東京都心のタクドラは稼げる

都心のタクシードライバーは、ハッキリ言ってめちゃくちゃ稼げます。

だから

  • 借金がある
  • 家族のために稼ぎたい

のでしんどくても良いと考えている人にはおすすめです。おそらく、一般的に考えられているイメージの倍ぐらいは稼ぐことが可能だと思います。

 

無資格でも何歳でも、誰でもなれる

最大の魅力が、無資格でも会社が面倒を見てくれるし、何歳からでも正社員になれるし、おそらくニートやフリーターでも若ければ大歓迎w

そうです、だれでも成ることができます。会社は無数にあり、年齢制限がない分、期間工よりもはるかに選考が緩いです。

 

どれぐらい稼げるのか

私の場合

自分の場合は、月に最低限度の11日(約20時間拘束)乗って、額面35万ぐらいでした。これを単純にマックス13日乗れば、額面40万円を超えます。これは1年以上経験すればだれでも可能な額です。

私の通し勤務での最高売り上げ

(無線0、未了解なし、成田なし、非クロ)

さらに稼ぎたい人は半日勤務で、毎晩深夜に乗れば誰でも額面50万円を超えます、これは特別難しい数字ではなくて、一生懸命走ればだれでも届く数字です。

私も慣れない一年目は、毎晩乗るナイト乗務をしたので、手取り30万以上ありました。

 

トップの人

私が働いていた最大手の国際自動車の売り上げトップの人が身近にいたので、詳しく話を聞いたことがありますが、月収90万円、手取りは75万だと言っていました、ボーナスを合わせると年収は一千万円をこえますね

この人は信じられないほどの天才なので、普通の人には不可能ですが、40万円が余裕というのは分かってもらえると思います。

 

会社を選ぶポイント

とにかく頭文字をとって、『大日本帝国』と約される大手4社にはいることです。

どこの会社でも稼ぐことは可能ですが、この4社にもぐりこめば間違いありません、もし無理ならばそのグループ会社でも問題ありません、同じように稼げます。

なお、タクシーに限っては誇大広告はあまり見られません、給与保障もすべて本当だと思いますし、掲載給与が平均額だと思っていいです。

 

女の水商売、男のタクドラ

都心タクシーは一発逆転が可能な、究極の水商売のようなものです。もし向いていて個人タクシーに慣れれば誰でも年収一千万は現実的な数字ですし、安定感抜群の個人事業主に慣れます。

 

都心のタクドラは全く別モノ

仕事は相当ハードですが、自分は誰でもなることができる最も稼げる可能性がある仕事だと思っているので、接客とかが苦にならない人なら検討する価値はあります。今のご時世稼げない仕事ばかりでしょ?未経験で手取り30万円も難しいのでは?

地方からいきなり出てきて、ペーパードライバーだったとろい自分にできたので、たぶん誰でもできる仕事です。

ただ続けることが難しいです、変な奴がいっぱいいますからwでも、

  • 社交性がある人
  • 命がけで稼ぐ覚悟がある人

には本当にお勧めします。

 

関連記事

都心のタクシーはいくらぐらい稼げるのか

都心タクシードライバーへの転職は、どの会社を選ぶきか

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働きたくないが、これからについて考えてみた2

前日の記事のつづきです。

動けないことで、さらに空白期間ができる、でもそんなもの今更どうでもいい気がする、もう普通には生きてはいけないのだから。

引き続き選べるものを上げていってみる。

33歳、無職の選択肢

期間工ウィー

応募できない大手

で、トヨタ系とホンダ系はもう厳しいと思っている。まぁアイシンとかダイハツなら関係ないかもしれんけど、気持ち的に負い目がある。

大手では、村田製作所も一週間で辞めたからだめだです。最近は派遣を通す選考が多いけど、アウトソーシング系も村田と日野のダブルで通せなくなったので、選考会参加も色々難しくはなった。

 

応募できる大手

残された大手メーカーは

  • 日産(三菱)自動車
  • いすゞ自動車
  • マツダ

ぐらいかな、スバル(トヨタ系)に行きにくいのが痛いな。まぁ日産が最後の砦だけど、なくなったらもう二度と応募できなくなるだけで、それでいいと思う、どうせ続かないんだし。

 

日産自動車

色々検討してみたけど、応募するなら日産自動車

  • 横浜工場
  • 追浜工場

のどちらかだと思った。日本写真印刷で縁があった日総経由で応募できるし、週末は八王子のアパートにも戻れそうだ。

 

派遣ウィー

これは、アウトソーシング以外は、どこでも大丈夫だ。

まぁだいたい

  • 日総
  • テクノサービス
  • 日本ケイテム

辺りを自分なら使うと思う。もう5年ほど縁のない世界だけど、業界の特徴が全て頭の中に入っているので、自分がいかに底辺の人間かが分かる。

 

自営

自営でなにかできないだろうか

デイトレにもう一度挑戦する

やっぱり働くことが苦手だから、どうしても株の世界を考えてしまう。儲からないとは分かっているけど、他に可能性が見いだせない以上は気になる存在だ。

 

占い師になる

なんとなく気になっていろいろ調べてみたけど、挫折した個人タクシーと同じで、なろうとしてなるものというよりは、いつの間にかなっていたという類の職業だと思った。

 

カンカン(アルミ缶拾い)になる

釜ヶ崎のまっちゃん

市区町村によって禁止されていない限りは、ホームレスの真似をして、技術をまねれば死ぬことはないと思うが、本気で考えていたため友人には笑われた。

 

死ぬ

自殺は自分には無理そうだ。

 

出家する

いずれはタイで、出家したい。その意味ではバンコクコールセンターにいってタイに慣れるのは良いと思うけど、まだすべてを捨てきれていない。

自分が理想とする生活は俗世では得られないのかもしれない、でも億万長者とかになるとそれはそれで関係ないのかもしれない。そういうことを確認できないで出家するのはお釈迦様とは違って逃げだと思う、でも逃げだと分かっていればそれでいい。

お釈迦様も違う意味で逃げたのだろう、だれも死からは逃れられない、誰もが長短はあるが最後は死と向き合う、その練習を早い段階で始めたいという希望なのだ、いつ死んでも感謝を持って死ねるように。

 

現実的な候補

現実的に考えると、

  • 期間工ウィー(日産自動車)
  • 派遣ウィー(通える範囲)

が一番具体的なような気がする。しかし、これも逃げの選択であって、まぁ間違いなく死にたくなるだろう。

 

現在の目標

とりあえず、期間工ウィーの数々の先輩がおっしゃられていた40歳(39歳という人も)になると全てを諦めて楽になる、30代が一番しんどいという言葉を信じてまず生き残ること。どんなに情けなくても、貧乏でも、まず生き残ること。

その自分にとっては高くなってしまった壁に向かって、私はただ今日を生きる。

 

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働きたくないが、これからについて考えてみた1

無職の選択肢を考えてみた

 

・・・・働きたくない

・・・・・・

 

しかし金が必要だ。

可能性のある選択肢をあげて、今後の生き方や働き方、当座の現金収入について考えてみたいと思った。

現状、

  1. 3年半のタクシー激務
  2. 株の損失退場
  3. アドセンス収入の挫折

など、特に1と2の要因でなかなか動けないでいる。しかしそろそろ動かないといけないのも現実で、色んな選択肢を整理してみようと思う。

 

正社員や契約社員

正社員としての募集はハローワークでも35歳になるとガタッと減って、ほぼなくなるといっても良いから、正社員で経験のあるタクシーを捨てると、未経験の分野を一から覚えていかないといけない。

タクシーの時の様にこれといった職種が見えない今、正社員や契約社員として一からスタートするのは難しいだろう。タクドラデビューは20代だったので、まだフットワークも軽く東京にも出てこれたが、現状では難しいと思う。

 

介護関係

介護関係、とくに津久井やまゆり園のような障がい者福祉施設に興味を持っているが、やはり続けたい仕事でも続けることができなかった(社会不安障害などで)自分である、どうせ長続きしないだろうと思うと、あえて挑戦する意欲は出ないが、ハローワークでも紹介してもらったりはするなど、何度か動いてはいる。

 

トラックドライバー

特に長距離のドライバーは、タクドラと共に大学時代から興味を持っていたので興味はあるが、あまりにもOBから良い噂を聞かないので積極的になれないでいる。

 

教職を生かす

自分は美大ウィー出身であるから、同級生ウィーのほとんどは、教職しか資格を持っていないので皆それを生かして教員になっている。自分も4カ月だけ養護学校で働いており、資格はなくならないのでいつでも働く資格はある。

 

実家に戻る

兄が会社をつくる可能性

税理士事務所で、農業部門を担当している兄が、自分も農業の会社を作ってしまおうという壮大な計画を立てているらしい。2,3人で真剣に頑張れば、けっこう儲かっている家族が多いのだそうだ。しかし、18歳からずっと一人暮らしの自分が実家で暮らしていく自信はなく、いろんな決断が必要だろう。

 

海外逃亡

バンコクコールセンター

一度、西麻布の説明会に参加した会社を受けることはできるし、長続きする人が少ないらしいので選考もそんなに難しくないと思う。人生の最後は、タイで終えたいと思っているクニヤメには絶好の選択のようだが、

  • 日本人相手の職種
  • 給料の安さ(手取り9万程度)

がネックとなり、決断できないでいる。

 

ベトナムの人材派遣業者

ベトナムの人材派遣業者に複数登録してみたが、反応は思わしくない。私の職歴が短すぎて、なかなか企業には紹介しづらいようだ。しかし、日本語教師はその限りでもないらしく、これの紹介があれば一番即決できる道ではある。

 

学習・資格取得

占い

占いに興味を持ったことで、手相四柱推命などの学校に行って専門的に学びたいいう気持ちが少し出てきた、特にタロットが一番興味がある。

 

日本語教師

ベトナムの現地でする場合などは必ずしもなくても良いらしいが、あった方が有利なのは確かなので、今資格を取るならこれに決まりだろう。

 

英語学習

フィリピンや、フィジーなどの物価の安い外国の語学学校にいけば、かなりの英語力がつきそうだし、数カ月いっても無職なら徳しかないだろう。

 

思ったより長くなりそうなので2記事に分けることにします、つづく

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資本主義と人間について。インドと日本の違い。

先日の、津久井やまゆり園の記事から派生したことについて考えたい。

資本主義と人間

資本主義においてはすべてのものが価値がお金を元にして価値を算出される。それが資本(紙幣、株、不動など)を中心に据えた資本主義であって、おそらく人間をはじめ、すべての生命にも値段がつくのではないだろうか。

 

人間の場合

その人物が、今後どれだけの資本を生み出す可能性があるのかを見ることでおおよその値段がつくだろう。

  • 年齢
  • 性別
  • 技術や資格、能力

などによって、様々なところでレーティング(値踏み)がなされているのが現実ではないだろうか。

私は建前が嫌いだ。

私は、本音で生きる不器用な人間なので建前が嫌いだ。

思い切って教育でもそもそも人間はみんな違っていて、その能力や人生は不平等だということを公にした方がいいのではないだろうか。

誰一人同じ人間がいないということは、全ての人間で能力が違うということは当たり前ではないだろうか。

 

あえて闇を認める社会、インド

あえて闇を認める社会はどのようになっているのだろうか。私が2度旅行したインドは、おそらく世界で最も差別の激しいい社会だろう。

カースト制度によって、生まれながらに不浄の運命を背負っており、触れることさえ嫌がられる身分もある。

 

外見を極端に差別する

インドで輪廻から解脱できない人間として代表的なものに、

  • 五体満足ではない人間
  • 皮膚病の人間

という分類がある。

したがってこれらの人々は、ガンジスでも死体が焼かれずに重しをつけてそのまま沈められるそうだ。

分かりやすい外見からも差別する対象をつくり、ピラミッド構成で社会を構築しているのではないだろうか。

 

カーストと日本

蔵前仁一氏の著書によると、日本にはカーストがないと言うと、インド人が

日本は素晴らしい、では日本では差別がないんですね?

と言われるらしい。そこで素直には肯定できないというようなことが書かれている。

 

差別国ほど弱者を助けている矛盾

私は、中国にも4回旅行して色々な都市をまわったが、中国も貧しくてまだ障がい者を助ける制度がないのだろう、道端で物乞いをしていいる姿も見られるし、インドではそれが日常だ。

けれども、これらの国では、差別が公になっている分、たとえば日本のホームレスの様に、社会にまるで存在していないかのような扱いは受けていないように感じる、特にインドではそうだ。

実は日本も、インドと変わらないのではないだろうか。

 

差を認める

インドには、日本より多くの問題があるのかもしれないが、強者が弱者を素直に助けている場面というのは目にする機会が多い。また、生まれたときから運命は決まってしまうので、自己責任という日本では大きな支持を得ている考え方もあまりないと思う。

 

隠すのが変

日本でも、誰もが命は平等ではない、人間すら平等ではないと思っているのではないだろうか。そのことに誰も触れない社会、それが良い社会を造るのだろうか。私にはどうしてもそれが滑稽に思えるし、どこかに無理が生じるのではないだろうか。

 

 

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津久井やまゆり園~障がい者殺人事件を考える~

津久井やまゆり園の事件について本気で考えてみた

考察の意義

  • 関係のない第3者が情報や考えを出すことが、一つの糸口になりはしないかと思ったから
  • 養護学校で常勤講師をしたことがあり、障害についてだいたい理解している。
  • 単純にネタがないから
  • 事件から一年という区切り

 

私の思想の大前提

物事に善悪はない

私の思想の大前提には悲しみと諦め、それを包括するように”物事には善悪はなく、善悪は時代や国や社会が決めていることにすぎない”という考えである、ということをまず第一前提として書いておきたい。

したがって私は、社会の立場にも、被害者の立場にも、加害者の立場にも立たない、ただ粛々と自分の意見を述べてみたいと思う。

 

それぞれの印象と考え

施設について

抵抗できない人たちを守るには、最低でも3人につき1人の職員がいないと守ることなんて不可能だと思う、私が養護学校に勤めていたときは、それぐらいの割合で生徒を見れていたので、たった1人で19人も殺せるはずがない。そういう意味では起こるべくして起こった事件だし、今後も起きる可能性がある。今回、たまたま就活でいろんな求人を見る中で、津久井やまゆり園が県立の施設であることを知ったが、県立の施設だったということでも、社会の責任は大きいと思う。

 

加害者について

悲しいけれど、どこの世界にも、どんな世界にも殺人鬼などはいる、これはいない方がおかしいのであって、いることが自然なことだ。

こういう事件が起きると必ずなぜ犯人がなどと言い始めるが、真理は一つしかない。本当の原因は複雑であり、分かりようがない。

 

被害者について

私は、物事はすべて自分のせいで起きたとおもうことにしている(詳しくはこちらの記事)ので、どんなに理不尽なことでもまず自分を顧みるようにしている。

被害を受けた全ての関係者は、加害者についてなにかを探っても仕方がないだろう、おそらく自分を見つめることが心を正常に近づけるのではないか、以下の文でも考えていきたい。

 

今、私が思うこと

生命を悲しむ

もし自分がある程度発言の自由が許されているキャスターだったら、この事件をどのように報道するだろうか、感想を述べるだろうか。

おそらく、元をたどっていくと、なんで人間がいるのか、生命がいるのかということに回帰していくと思う。

なんで障碍者がいるのか

実はみなが障碍者である

じゃあなんで人間はいるのか

そのことについての、根源的な悲しみを視聴者と分け合いたい、そして寄り添いたい。加害者にも被害者にも、社会にも寄り添いたい。

 

社会について

私が幼いころ、故郷(ちょうど九州北部豪雨の地域辺り)にはまだかすかな闇が残っており、その闇は色々な形となって私をまごつかせた。

  • 祖父が鶏小屋に入って鶏を食べていた犬を撲殺(私と兄は泣きながら止めようとした)
  • 鶏を絞め殺す父と首が亡くなっても走る鶏
  • 整備されていない、轍がどこまでも続く道
  • 自然に堂々と闊歩する野良犬や野生動物
  • あちこちで立ち上る炎と煙
  • ひとくくりにはできない生命の多様性

それらは闇のようでいて光でもあったが、社会はまるで影を恐れるように、少しづつ不可解なものを無くしていった。それはまるで文明が、極端に闇を、陰を、分からないものを恐れているようであった。

 

分からないことを恐れない

障がい者や施設を、どこかに陰として、闇として社会から隠そうとしてはいないだろうか?また関係者も、どこかでそれを追随して考えることを辞めてはいないだろうか。分からないものを恐れる必要はない、分からないものを分からないままにしておいてもいいのだ、しかし闇を見たくないと思って隠そうとしたとき、その闇は何らかの形で社会に溢れ出るだろう。

しかし、私はもうこの点に関しては諦めている面もある、社会はこれからも深淵な闇であればあるほど、その存在をなきものにしていくだろう。その証拠に、犯人がターゲットにした動けない重度の障碍者の実像が、ほとんどメディアには出てこないのだ。

 

人間は万能ではない

現代人は、自らの運命に対する畏怖や、自然に対する畏敬や感謝を忘れてはいないだろうか。事件と関係ないと言われるかもしれないが、あえて書きたい思う。

なにがしかの被害にあったとしても、人はいつも誰かに助けられて、今まで生かされてきた感謝を忘れてはならないと思う。現代社会の日本、どこかで自分と我が子のことしか考えずに、感謝や畏怖が薄れていると思うのだ。

最後の場面に一緒にいてくれた人に対して、感謝することもなく訴えたりするなんていうことは少し理解ができない。どんな状況でも、自然災害とかであれば、まず最後の時まで引率していただいてありがとうございました、という感謝の気持ちであるべきだ。

 

ベトナム少女殺人事件

少し前にベトナム人の少女が、見守り隊のふりをした男に殺害されましたよね。私は、あの父親がテレビに出てくるたびに感動を覚えました。加害者を悪く言わず、ただ悲しみと、日本への感謝を、不慣れな日本語で伝えようとしていたのです。あの、それでも遠慮と礼節を保とうとする姿に、私は日本人が忘れてしまったなにかを見た気がした。

 

以上、社会的に無能な無職が考えてみた。

事件の悲しみ、無職の悲しみ、命の悲しみに合掌(__)

悲しいのう、悲しいのう・・・・うんしょ、うんしょ・・・

 

無職の言葉

あなたが幸せでありますように

あなたが好きな人々が幸せでありますように

あなた憎む人々が幸せでありますように

あなた憎む人々が幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

 

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『AIに聞いてみた、どうすんのよ!?ニッポン』を見ての感想2

先日の記事の続きで、NHKスペシャルAIに聞いてみた、どうすんのよ!?ニッポン』の感想です。

 

今回は2つめの提言として出た、少子化を食い止めるには結婚よりもクルマを買えをとりあげたい。

少子化を食い止めるには結婚よりもクルマを買え

これに関わることとして、まず婚姻件数の分析結果が出ました。

婚姻件数が上がると好影響ばかり

  • 即席めん購入額が低下
  • スポーツ平均時間増加
  • 男性旅行時間増加
  • パック旅行費増加
  • がん死亡者数低下(男性)
  • 心疾患(心臓病)率低下
  • 男性死亡者数減
  • 自殺者数減
  • 新規就業者数増加
  • 製造業従業者数増加
  • 財政収入額増加

唯一のマイナス評価が、中学2年生男子の、50メートル走が遅くなったこと

ぐらいらしく、やはり結婚は社会をよくするうえで欠かせないピースであることが分かった、まさかここまでいい影響ばかりとは予想していなかった。

 

しかし、ここで驚くべき分析結果が発表される。

一番重要な出生率が下がってしまうのだ。

 

婚姻件数が上がると合計特殊出生率が下がる

(・・?

まったく意味が分からない

結婚が増えても、出生率は上がらないらしい。

”できちゃった婚”率も出生率に連動しない

そうか、これは日本みたいに結婚制度が厳しい国だからかなと思うと、できちゃった婚をする人が増えても出生率は上がらないらしい。

出生率と強く連動しているものが、

製造業付加価値額

さらに、製造業付加価値額と連動するものが

乗用車保有台数

であるらしい。

なので、結婚しても子供が増える相関がみられない、一番わかりやすいのが自動車を持って入れば子供も増えているということになるのだ。

 

謎だ、本当にわからない

マツコさんや専門家の考察もあったが、自動車と出生率の関係は分からないでもない、おそらく多少子供は増えるだろう。でも、なんで結婚した人が増えても子供が減るのだろうか。まぁそこは譲るとしても、それなら”できちゃった婚”が増えれば出生率が増えないとおかしいと思う。

 

出生率はイメージよりも、景気や国勢を反映しているのかもしれない

結婚はともかく、子供を産むというのは、私たちがイメージするよりも景気の影響を多く受けているのかもしれない。今まではなんとなく、自己責任みたいなイメージが先行していたが、これはますます難しい問題なんだと無職は思った。

 

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『AIに聞いてみた、どうすんのよ!?ニッポン』を見ての感想1

NHKスペシャル『AIに聞いてみた~どうすんのよ!?ニッポン~』を見た。

番宣の段階から40代ひとり暮らしが日本を滅ぼすという大胆な提言で、色んな無職関係ブログでも取り上げられていました。

 

有働さんとマツコさんが司会、ナレーションに芦田愛菜ちゃんと力の入れようが分かる。

 

まずAIが予測した20年後の日本の姿

  • 高齢化率35%へ
  • 出生率2.0%未満を維持
  • がん死亡者数23%増加
  • 国民医療費7.6兆円増加
  • 85歳以上の就業者54%増加
  • 自殺者増加
  • 餓死者44%増加

これらを食い止めるための提言としてAIが示したのが以下5つの提言です。

AIの提言

  1. 健康になりたければ病院数を減らせ
  2. 少子化を食い止めるには結婚よりもクルマを買え
  3. ラブホテルが多いと女性が活躍する
  4. 男の人生のカギは女子中学生の”ぽっちゃり度”
  5. 40代一人暮らしが日本を滅ぼす

 

これらのことを一つ一つ考察していくことで、番組が進められていきました。

 

私が注目したこと

AIの未来予測

世界や日本の未来(特に2~30年後)をいつも気にして、知識を吸収している自分にとっては、冒頭のAIが予測した日本の未来という未来予測が、大変貴重な意見だったと思っている。色んな研究者が、色んな立場で研究を行っているけれど、今回のAIほどのデータ量と公平さをもった意見はないと思ったからだ。

 

私の意見

なにかを変えることが不得意な日本社会にあって、おそらく20年後に日本がこの通りの姿になることが考えられると思う。このデータを自分としては大切に保管して今後の未来を見ていきたいと思う、国が出す統計や予測よりもよほど信頼ができるだろう。

 

興味深いこと、理解できなかったこと

多くの提言は、初めは理解できないものの、専門家やマツコ・デラックスなどの考察により理解できたけど、不可解な提言もいくつかあった。

 

中学生がスリムになると日経平均が上がる

4番目の提言、男の人生のカギは女子中学生の”ぽっちゃり度”について、女子中学生がスリムになると中年男性の幸福度があがるらしく、この提言自体も理解できなかったけど、この提言の考察の中で、専門家が

  • 中学生がスリムになると日経平均が上がる
  • 貧困家庭の方が肥満度が高い

ということも言っていたけど、これは意味が分からなかった。

 

自分に置き換えてみると

貧困といいうのは自分に置き換えると、今の無職の状態だよな?そうしたら肥満になる?いや明らかにおかしいだろ。

貧乏なベトナムにも太ってる人なんていなかったぞ、中年の人もみんなガリガリだった。まず無職になったら生活についてなにをするかというと、豊富な時間を使って

  • 無駄な食費(間食)をなくす
  • 自炊をする
  • 安い蛋白源を確保する(納豆や卵)
  • 無料の健康管理をする(筋トレやランニング)

などを粛々と行うことになる、これは貧乏暮らしにも通じると思うし、こうしないと経済と健康が持たないからだ。

したがって何が起きるかというと、摂取カロリーが大幅に減って、より健康になると思うんだけどな~、特に納豆などは貧乏にならないとなかなか毎日は食べないと思うし、肥満になるとかありえんだろう。

と思っていたけど(´゚д゚`)

この人なってた

山田さん(仮名、42歳)

 

👆の男性が、40歳独身低収入代表みたいなポジションででてきたんだけど、全然痩せてはいないし、むしろ肥満だ。食費3万円でこのボデーを維持できるのであろうか。(写真↓の中央、スタジオにも来てた)。

スタジオに集まった独身40代の皆さん

 

ということで、番組が進行してこんな例もあるのだと納得したけど、結構食べないとこの体系は維持できないと思うんだけどなぁ。

マツコさんが必死にフォローしてたけど、女性陣の彼に対する視線がきつかったですよね?!特にすぐ前に座ってる女性とか。この男性まともないい人だと思うんだけどなぁ、こんな人が昔だったら絶対結婚できてたと思うんだよ、もったいないなぁ。

 

独身40代はやっぱり輝いてない

自分は絶対、無理にやりでも結婚はした方がいいと思ってる人間だけど、同時に結婚を完全に諦めている30代前半だ。だからこの人たちにどうこう言える立場ではないけど、やっぱり年いってるなとは感じた。

仕事で出会う38、39歳の人たちとは全然違うところを見ると、人は20代から30代よりも、30代から40代で大きくふけるんだなと思った、実際女性は子供が持てなくなる年齢でもあるから、そんなことも関わっているかもしれない。

しかし自分もすぐこうなるのかぁ、でもここまで生きれればある意味では一つの感謝をしないといけないね、若くして亡くなっちゃう人も多いからさ、まず40歳まで生き残る、それが今の目標だ。

 

もう2記事ぐらい書きたい

非常にいい番組でネタが豊富にできそうなので、今後もこの番組の感想を書いてみようと思っている、連続して書くかはわからないけど続きます。

 

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『AIに聞いてみた、どうすんのよ!?ニッポン』を見ての感想2

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全てを捨てて出家するには、まだなにかが足りないように思う。

出家するのかしないのか、それが問題だ

働くと死にたくなる自分

無職あるあるといっていいと思うんだけど、働くぐらいなら死んだほうがましと思ってしまって、仕事が続かない人も多いのではなかろうか。

ほかでもない私自身がそうで、

食べるために就職をする

すぐに死にたくなる

頑張って続ける

どこかのタイミングで我慢できずに辞める

というのを人生で繰り返してきた。

そうなると働かなくても生きていける方法を常に考えるようになるわけで、就職していても毎日その手段を考えるようになる。

 

無職でも生きていける方法

無職でも生きていける方法の一つによくあげられているのが、宗教のコミュニティーに入るというものがあって、そういうサイトやQ&Aでは割とよく出てくることだ。

とくに女性には選択肢が多いようで、国内海外含めて小さな村のようなものを作って、そこに全財産を寄付することで、社会とは関わらずに生きていけるようだ。オウム真理教とかもその類の一つではあると思う。

 

仏教へのあこがれ

私は、高校生の時にはすでに仏性へのあこがれが少なからずあって、社会に出る前からその素養はあったんだけど、仏教に興味を持った一番の理由が、おそらく人生が苦だとハッキリいう仏教に共感した点が一番あると思う。

高校の倫理の授業などで興味を持って、お釈迦様がただ人生の意味や苦しみに疑問を持ち、それを解決するという自らの欲のみで出家したということに憧れを抱いたし、

求めるものは得られず、苦難ばかりが続き、生きるということは心身の働き全てが苦となる

というような言葉を読んで、全くその通りだと思ってしまったのだ。

 

日本の仏教に興味はない

そういう意味から言って日本の仏教にはあまり興味はないし、伝統とか風習とか、そんなものはどうでもいい。仏教というのは、もともと生きている自分自身のためであったからだ。

偶像崇拝は禁止で、初期仏教では仏像を作ることも許されず、いかに自分自身で苦の人生を歩いていくのか、自己啓発の究極の形であったのではないだろうか。

弟子に促されて語った、釈迦の最後の言葉が

自灯明 法灯明(じどうめい ほうとうめい)

という言葉であった、これは

ブッダをよりどころとするな、他人をよりどころにするな、ただ自らだけをよりどころにして、真理だけを頼って犀の角のようにただ一人歩めというような意味だ。この言葉に、仏教の心得が要約されているのではないか。

  • いつか別れる不確かな他者
  • 祈っても助けてくれない神様

にすがっても永遠の救いはやってこない、むしろモノや人を所有することで不安は増えていく、したがって瞑想では最終的に、自分の身体すらも捨てて、肉体の制約から自由になることを目的としている。

 

上座部仏教

自分が目指すべきところは、タイヤやミャンマーを中心に残っている瞑想を中心に据えた上座部仏教だと思っている。このような国では、ミャンマーには瞑想ビザがあるぐらいで、出家したいという人を無料でかこってくれる場所がいくらでもあるのだ、仏教徒は社会的にも尊敬されているが、日本とは違って厳しい戒律がある。

 

厳しい戒律

まず女性に絶対触れてはいけない(もちろん結婚できない)ので、電車とかでも僧侶がいると女性は気を使う。それからお金を所有することができない。

自分に莫大な遺産とかあったらさ、遊んで暮らしてたと思う。それが宗教ってなんだ、その部分は王子様で実は側室までいたことが分かっている釈迦とはずいぶん違うけど、宗教って貧乏人の受け皿でもあると思うんだ。

 

悲しいのう 悲しいのう

うつ病とか、働きたくないとか、こんな仏教に興味を持つよな人間というか性質だから、そこから全てつながってると思うんだよな、意味が分からんよ本当に、普通だったらさ、普通に生きていけたと思うんだよね。

意味の分からない自分と 意味の分からない思考と 意味の分からないブログ・・・

 

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納得いくまで無職で考えようと思う。

無職期間が最も長くなったようだ

以前作った人生年表を見てもハッキリ分かる。

人生年表を考えても、ここまで無職を続けているのは初めてになりそうだ。

10年前、まだ24歳だったころにずいぶん長い無職期間があるが、4カ月(7~11月)は職業訓校に通っていたし、その日当も出ていた。そのことを考えると、今まで散々長いこと無職をやっていた気がするけど、意外と3カ月ぐらいしか無職期間が続かなかったことが分かる。

 

焦りがあった

その根底には、貯金があるなしに関わらずに焦りがあったのが一番だろう。今よりは挫折が少なくて、試したいこともあったので、比較的早い段階に動けたのだと思う。でも今考えたらもう少し時間をかけて動いても良かったし、場合にはよっては学校で勉強し直したり、世界一周を試みたり、そんなことをしても良かったかもしれない。

 

今だから分かること

結局どうなろうと働くのは自分だし、生きるのも死ぬのも自分だ。だから、人の考えに影響を受けても良いことはないと思う。特に仕事というのは自分の生き方に関わってくることだから、時間をかけて選ぶ必要があったと思うし、時には周囲の意見を無視するぐらいで良かったんじゃないのかなぁ。

 

自分の苦しみは自分だけのものだ

自分が分からない

自分の事がよく分かっている人ならいいんだろうけど、自分は

  • 何がしたいのか
  • 何ならできるのか
  • なにが向いているのか

まだよく分かっていない、それは逆に言うと続かなくても

  • どんな仕事でも
  • どんな職種でも

ある程度対応できて、求められる水準に達してしまうんだとも思う。

そこには長所を伸ばそうとするんじゃなくて、短所をカバーしてバランスの良い人間になろうとしてきた、自分の性質が透けて見えていると思うし、そのことが自分という人間を知ることをますます困難にしている。

 

自分の経験

自分の経験を自分が一番分かっている以上、自分の判断は自分がするしかないのだろうと思うが、逆に年齢が上がるにつれて、経験が増えるにつれて、自分をふりかえることが難しくなるような気がしている。過去の挑戦は良い思い出になりがちだし、それが自分の人生のすべてにも思えてくるからだ、そのベクトルを生活の楽しみや生きやすさに変えていくというのは自分で思っているほど簡単なことではないように思う。

 

なにものにもなれずに、このまま朽ち果てるのか

色々考えて、行動して、これからもボチボチ働いていくんだろうけども、自分の事が理解できない以上は幸せにはなれそうにない、だがそれはそれで自分の人生だと思うし、そんな人生もあるだろう。だから、せめて自分のことは自分で決断していく、そんなことを心がけたいと考えた。

 

発見の連続

当然だけど家に引きこもって苦しい苦しいいってるだけだから、ブログのネタなんかないわけであって、色々考えて無理やり文章を書くんだけど、そこでまた自分が知らないことの発見の連続なわけです。書いて初めて気づくことしかないというか、40歳過ぎたら、もうそんなこともすべて無意味になって受け入れるのかもしれないから、まずなんとか40歳まで生き抜ければ、それで成功だと言えるし、感謝すべきことかもしれない。

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