生徒とのWeChat地獄の日々が始まりました。

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朝起きると、一面が雪景色でした。

昨日は、生徒はほとんどの人がライトダウンしか着ていなかったので、さすがに私はガッツリダウンを見直そうかと思っていたのですが、今日起きると一面雪景色で、皆雪かきに追われていました。まだまだガッツリダウンが必要な季節の様です。

吉林省の気候はやはり伊達じゃないですね、しかし今日は30センチ以上積った雪がかなり解けているので、氷点下ではなかったのでしょう。それでも、大陸の風はものすごい時があって、昼までも体感温度が相当低いことがあります。

私のWeChatが生徒の間で拡散しています。

中国版LINEともいえる存在のWeChatですが、その存在はline以上のものがありそうです。通話と言えばWeChatの方が身近のようですし、どうやら電子マネー的な役割も果たしているのではないかという気がしています。これはもっと生活に精通しないと分からないことですが、中国では現金払いが半分もないぐらいで、学食で現金を払っている生徒を見ることは稀です。それぞれの品の前に、スマホ用の決算画面が何個もあって、決算したら大きな音が鳴って、それを聞いた店員は盛り付けや料理を始めます。

何人かの生徒に教えたWeChatアカウントが、今日本語の生徒の間で急速に拡散しており、おそらく70人ぐらいの全学年、日本語学課生徒の半分以上が私の連絡を把握している状態になりました。なので、今日も数十人と同時にWeChatをするという事態になり、週末は

  • 3年生から中国語を教えてもらう
  • 3年生とカラオケ
  • 2年生と食事
  • 1年生と食事

という怒涛のスケジュールになるかもしれません。

忙しすぎる場合は断ろうと思いますが、WeChatも食事も外国人教師の大事な仕事なのかなと。一人で食べるのも寂しくて美味しくないし、やはり可能な限り顔は出そうと思っています。まぁ今週に限っては一人しかいない日本人教師を取り合うような状況になっているので、ある意味ではこの時期だけのビギナーズラックみたいなものかもしれません。

まだまだ自分と言う人間を知らない

私は、自分の事を利己的な人間だと考えてきました。しかし、今日いつも面倒を見てくれる優秀な3年生の生徒から

「大分の温泉に研修に行けることになって、夏から半年研修にいけるかもしれない」

という報告を受けて、なんだか異常に嬉しい自分がいるのです。これはなんという気持ちなんでしょうか、もちろん彼女は毎日のようにメッセージをやり取りしてくれるし、食事も一緒にしてくれるので寂しさもあるのですが、そんなことは全く問題にならない位、彼女が行きたい国に行けるというのが、本当にこの上もなく嬉しくて、私は何度も良かった良かったと彼女にいいました。

この気持ちはなんでしょうか?これが2,3年前まで毎日のように、死にたいと死にたいと思っていた人間が感じる気持ちなのでしょうか?出家したいと思っている人間が感じることなのでしょうか?この暖かい気持ち・・・・これが愛なのかもしれません、私はたしかに自分の事とは関係なしに、生徒のことを喜べているのです。自分だけの幸せは虚しいモノなのかもしれません、この幸せをここで働き続ければもっと得られるものなのでしょうか?私には分かりません。

その生徒の給料が自分より良くて、馬鹿にされたのは少し残念ですが、私は親に日本への進学を反対されていた彼女が、少しでも日本に行けることがこの上もなく嬉しく、今日はとても幸せな日でした。

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ばっくれメーター 292

毎日/授業の準備とプレッシャー。-5

会話の授業を思い切って、テキストを離れ、生徒とのフリートークにするも迷走が続く。-5

疲れで視力が出ない日々が続く。 -10

生徒とのうぃ~チャット連絡先が40件を突破 +10

生徒から日本に行けるかもしれない報告 +30

コメント

  1. とし より:

    人とのつながりって、何だかんだ言っても大事ですよね。。
    自分は人付き合いの煩わしさがあまり好きではなく、基本的に独りが好きな人間だと思ってました。
    ただ、離職してから人とのつながりがほぼなくなって、なんとも言えない虚無感にかられることが多くなりました。。
    人間独りでは生きていけない、という言葉が身にしみる今日この頃です。

    • 国矢眼 より:

      としさん、毎度ありがとうございます。
      自分も一人で生きていけるし、寂しさには相当強い方だと思っていたのですが、やはり異国生活というのもあるのでしょうか?
      生徒との交流がとても楽しく、まだ純粋さを残した彼らから日々学ぶことが多く、私という人間まで磨かれていくような気がしています。私にどこまでやれるか分かりませんし、嫌になってしまうかもしれませんが、今はこのような気持ちになれたことがラッキーだったと思っている毎日です。