インド旅行記7

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-ブッダガヤー-

「ブッダガヤーへ着くぞ」

という隣の席に座る中年男性からの声で、トイレに起きた私はごそごそと準備を始める。早朝5時前、どうやら予定通りガヤーへ着きそうだ。駅に着くと、大半の人が降りていく、隣の男性がなんとなく気をきかせてくれているようだが、目的地はブッダガヤーではないらしい。あの辺りのリキシャーに乗りなさいと別れを告げる。すぐに客引きが現れ

「150、150ボーダガヤー」

と大声で叫んできて、なすがままリクシャーに乗り込んだ。悪い癖であるが、一人旅であるし、日本の円に換算したら300円である。30分以上走ってから、

「どの辺りだ、ゲートでいいのか」

と聞かれたので、

マハボーディー寺院の近くまで行ってくれないか」

と答えた。なるほど街に入ると各国のお寺が点々と見え始める、運転手はとある安宿の前で私を降ろした、すぐに日本語堪能な人がでてきて、ドミトリーが50ルピー、日本円で約100円だという。私は歩き方の宿を2つマークしていたのだがこちらの方が安い、とりあえずドミトリーを覗いてみることにした。ドミトリーは3人部屋で、すでに滞在中の日本人も今日で出ていくという、彼の

「ここ、一人で使えたらお得ですよ」

という言葉もあり、私はとりあえずここに泊まることにした。長期滞在になる気もするので、一日100円は本当に助かる。食事もラッシー、コーラも楽しめそうである。移動の疲れはあまりなかったが、コルカタの街を雨の中、インド人に連れまわされた辺りから、頭の痛みと、強い咳、悪寒におそわれている、私は少し眠った。

朝10時から、隣の日本人、ワタルさんが日本寺の図書館に行くというのでついていくことにした。こんな風に、一日目から土地に精通している旅行者に出会えるというのはラッキーなことである、私は「深夜特急3インド編」を読んで、コルカタ、ガヤーと全く同じルートを辿っていることに驚き、不思議な縁を感じた、ワタルさんとの出会いにも感謝である。

レストランで日本食のメニューがあり、体調が悪いので「おじや」なるものを注文、なかなか美味しくて驚いた、しかも40円でかなりの量がある。他の「ぞうすい」と何が違うのかは気になるとっころだけれどっも・・・

いよいよブッダが悟りを開いたとされる菩提樹の横に建てられた、マハボーディー寺院へと向かう。私はインドでようやく極上のものに出会えた気がした、その伝説もさることながら、とても美しい仏塔であり、その崇高さは京都のお寺では太刀打ちできないレベルに達している。私が、最近もっとっも感動した奈良の大仏殿の外観よりも上をいかれ、中央鈍行の旅で見た、北岳にせまるといえよう。私は大いに満足して、滞在中は毎日足を運ぶことに決めた。その後、もう一度二人で食事をして、日本寺でお経を聴いて、ワタルさんとの短い観光を終え、握手して別れた。旅は、まるで人生の縮図のようであるなと思う、なぜ旅をするのかという問いは、そのままなぜ生きるのかという問いに繋がる。人の出会いと別れが、病が、感動が、現れては消えていった。

5月26日、

耳の中の違和感、頭痛、顎関節の不安など、一気にナーバスになる。温度計は今晩も33度を表示している、昨日と比べてだいぶ涼しく感じられたのは、体調がましになったからであろうか。コルカタとダージリンで出会ったブライアンが、夕方ドミトリーにやってきて、お互いに驚いた。今のところ一番縁のある人のようである、今日は結局なにも食べず、ずっとホテルの中で過ごした。

体調の悪さから本気でデリー行きを検討、一等個室でもいいからすぐに日本へ帰ろうかと迷い始める。耳の違和感が不安過ぎるし、ついに下痢も併発、3日後にデリーへと発つことを決めた。

つづき

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