インド旅行記~あとがき~

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2010年、インド旅行記

あとがき

2010年の、単身インド旅行記のブログへの書きおこしがすべて終わった。

これは、必死の覚悟で初めて海外一人旅をした私が、その生きざまの記録として残したものだ。

リアルタイムでの執筆は一人旅ならではのものだが、それでも完全に旅行中に書くのは珍しく、珍しい旅行者だったと思う。

旅行中に描くのはせいぜいメモや計画程度のもので、絵や文章を真剣に書いている姿を見ることは意外と少ない。

あの有名な沢木耕太郎氏の『深夜特急』シリーズでさえも、あとがきによると、少なくとも数年後に書かれたもので、メモをもとにした記憶が主となっているらしい。

この旅行記は、基本全てリアルタイムで書かれたもので、日本に帰国したその時、すでに9割の執筆を終えていた。およそ2万文字、原稿用紙50枚弱ぐらいだろうか、ちょっとした短編ぐらいのボリュームにはなったようだ。

それだけに、拙いながらもリアルな2010年のインドを少しでも感じていただけたなら、幸いである。

出会ったことのないどなたかが一人でもこの旅行記を読んでいただけたなら、筆者としてはたいへん嬉しいし、おそらく一人ぐらいのその読者に心よりお礼をいいたい。

 

当時の私の背景

2010年当時、インドに向かった私はまだ26歳だった。

現在33歳の自分からみると大変若く感じるが、この時すでにいろんなことにうちのめされ、心療内科を転々としていた私としては、辛く、明日の見えない日々を過ごしていた。今も状況は変わっていないが・・・

 

決死の思い

決死の思いから、尊敬する仏陀を輩出した信仰の国、インドを旅してみたい。

おそらくそんな考えで、インド一人旅を計画し、わざわざ帰国後の生活費をひと月分、滋賀県、南草津のパナソニックで稼いでから、インドの地へと旅立ったのだ。

ニート期間は現在より長い、約10カ月、その間、年末年始のヤマト助手と失業給付だけで生活をつないでいた。

  • 働きたいけど、自信がない
  • 死にたい、消えたい
  • 社会不安障害

など、おそらく今よりは熟成度は低いものの、同じような不安をかかえており、死んでしまいたいという思いはかなり強かった。

あちこち出会った日本人の旅人には、

「ところで僕は死にたいんですが、~さんはどうですか」

みたいなことをいきなり聞いて、かなりの変人と思われていただろうし、実際そんな噂も耳にした。

しかし、そんな当時の私の思想すらもインドはやすやすと内包した。

それだけ、インドでは

  • 生きる苦しみを問うこと
  • 生きていく意味を考える
  • 生死に善悪などはない

ことは日常の中に溶け込まれ、言葉さえ交わさなくても分かり合える気がした。

生きることに苦しんでいる群衆の中の、自分という存在を認識するのは、日本ではなかったことのように感じた。日本にある、きらめきや華やかさはインドにはなく、恐れや不安、喧騒といった負の面が、街のあちこちににじんでいた。

隠せない貧困や死、不可解なものが、そこらじゅうに横たわり、金がすべてで、金を持っているものがえらいんだ、そんなメッセージが街を包んでいた。

しかし、金を持っていても人間はいつか死ぬ存在だ、それを忘れないように考えよ、そういわれている気もした。それだけに時折、五感を通して感じられる生の感覚は、たとえようもなく美しく、またたく旋律となって私の胸をうっていった。

 

人生で最も苦労した日

私が人生で最も苦労した日を1日上げよといわれれば、間違いなくインド旅行記2にある、インド初日で、空港からホテルパラゴンに移動した日と答える。人生においては人並みに苦労もあったような私であると思うのだが、やはりこの日を上げぬわけにはいかないのだ。

ベスト10を挙げよといわれても、旅行の日が入るのはこの一日だけだと思う。しかし、初めての一人旅がインドで、観光地でない生の街並みを何時間も、10キロ以上も歩いた経験は、やはり1位にあげなければならないだろう。

特にメトロ、ダムダム駅の中でみたうごめく群衆、土日は地下鉄でさえも午前は運休というシステム、などには衝撃を受けた。駅の中には腰布一つ身につけてもいないような家族が、真っ暗な中で、寝ているのか死んでいるのかわからないが、何人も横たわっていた。

そのビジョンを思い出すたびに、私は最近固まりつつある一つの思想、死は解放である、ということを思わずにはいられない。

40度に近い気温、明け方の4時になっても27度以上ある眠れないほどの熱さ、ただただ生きることが、存在することが辛かった。

 

記録をすることの大切さ

過去の自分にもしアドバイスができるなら、自分は真っ先に、文章で記録をとりなさいということを進める。

それは簡単な日記などではなくて、めんどくさい、人前に出してもいいような量と質を担保したものを、残していきなさい

と答えると思う。要約すると、ブログをつけなさいでいいのかもしれない。

それと同時に、この旅行記を残した過去の自分に感謝したい。なんの得にもならないようなこの文章を残していたお陰で、言葉では表現できない喜びをたくさんもらうことができた。

そして、重要なことはその価値が、年々倍増していくようなのだ。この旅行記にしても、丁寧に手書きで文庫におこしたものを捨てようとしたことさえあったぐらいだが、今では自分の宝物にまでなっている。

 

新たな旅立ちの時

年内は無理かもしれない、けれど2018年には、旅人の部分を前面にだしていければと考えている。

そのためには、ブログの充実を計画通り2000記事以上に積み上げ、サイトの強化、増殖を適切に行っていく。

私はブロガーになる適正はないのかもしれない。

ブログを通して、人とコミュニケーションをとることも、今後あまりできそうにないし、一方的な発信だけにとどまってしまいそうだ。私の感性にはそれがあっていると思うし、それを受け入れて、自分なりの活動を展開したい。

自分の活動が誰かの役に立つとき、自分の道も開けると思うので、このブログを通して、一年かけて考え、実践していきたい。

 

インド旅行記 1

 


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