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Airport View Hotelと近くの食堂、ノイバイの夜
グエンさんが
「コーラは飲みますか」
と勧めてくれたので、私はお願いしたが二ユンさんは断っていた、あまり炭酸が好きではないらしい。コーラは日本と全く同じ味だが、値段は普通サイズの缶で60円位だったと記憶している。
二ユンさんは本当に親切でおせっかいな人である、食事中でも
「お金に余裕があるなら、明日チケットを買ってダナンに行かないか。私たち古いまち案内できる」
としつこく言ってくれた、とてもありがたい申し出だったけど、私にもまた旅の目的があったので断ると、ハノイに住んでいる日本語が話せる人を紹介してくれたのだった。
フォーを食べ終わると時刻は23時をまわっており、店内はすでに店じまいの準備を始めていたので、私たちは明日の簡単な打ち合わせをして店を出た。明日は9時頃に起きて一緒に朝食、そのあと空港まで彼女達を送って、私はハノイの中心部にバスで向かうことに決めてホテルで別れた。
部屋に戻るとなんだかホッとした、彼女たちと知りあえて嬉しかったけれど、少し強引なところがあって有難迷惑という気もしていたのだろう、とりあえずバックパックから荷物を全部引っ張り出して、それからゆっくりシャワーを浴び直してすぐに寝ることにした。
寝る前にハノイの地図を眺めながら、今日の日本人同士なら絶対にありえない展開に、私は大陸の可能性と面白さの余韻にしたっていた。当時の私は日野自動車をバックレたとはいえ、3年半も厳しいタクシー労働をした後だったし、金も充分とはいえないが持っていたので、明日からの不安もすべてが金の後ろ盾でなんとかなる気がしていたのだろう、空港近くでまだ希望ある夜が更けていった。
次の日の朝、ホテルにタクシーを手配してもらうと、隣の店でまた3人でフォーを食べた。朝のフォーはとても美味しく、思ったより寒いハノイの朝にはちょうどよく身体になじんだ、私は今ベトナムにいるんだなと感じることができた。
二ユンさんから、ハノイ市内で日本語教師をしている女性ベトナム人を紹介してもらい、lineを送ってくださいということだが、相手は迷惑に感じているんじゃないだろうか、二ユンさんのおせっかいに半ばあきれながらも礼を言った。
ホテルに戻るとすぐにタクシーが来て空港へと戻った、2人ともこれからフライトだから落ち着かない様子だったが、それでも二ユンさんが私を気遣って市内行きのバスを探し、なおかつバスに乗りそうなベトナム人男性をつかまえて、私のことをなにやら頼んでいるようだった。
度を過ぎたおせっかいであるが、こんな人はもう人生で出会えないだろうなと思った、バス停で二ユンさんと別れる時には心からありがたいと思い、丁寧にお礼をいって別れた。
この旅行記はここで終わろうと思う、何と言えば良いものだろう、この旅のハイライトは空港ということなのだろう。しかしハノイ旅行記に6記事も書くつもりはなかったのだが、現在のベトナムを伝えたくてつい書いてしまった。
2人との交流については今後またいつか触れる時があるだろう。
完
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