ハルビン(哈爾浜)観光。聖ソフィア大聖堂と中央大街へ。

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ハルビン哈爾浜)を初めて観光してきました。

東方のモスクワ。

東方の小パリ。

と謳われるハルビンを初めて観光してきました。

帝政ロシア時代、ロシアが不平等条約を結び、名もなき漁村に過ぎなかったハルビンは鉄道基地として発展を遂げました。

ハルビン観光

まずは中国東北地方の花形、最も有名な観光地であるといってもいいシンボルへ。

タクシーで向かいました。

本当は地下鉄で行きたかったのですが、まだ携帯電話番号がなく、健康コードがありません。

そのため、地下鉄や公衆トイレ、観光地や商業施設の中には入れないというリスクのある観光でした。

実際にハルビンの街を歩くのも初めてでした。

やはり、初めての街と言うのは刺激的で、自然とテンションも上がりました。

聖ソフィア大聖堂

ハルビン、黒竜江省にとどまらず、中国の観光地を代表する建築です。

本当は中に入れれば、美しい教会の内装を堪能できたそうですが、またの機会に満喫しようと思います。

聖ソフィア大聖堂。正面から。

右辺から。観光客の出入り口がある。

ぐるっと回って横から。

どこから見ても絵になります。

中央大街

ガイドブックに乗っていた中央大街にも行きました。

1900年に建設が始まった、ハルビンを代表する歴史的な通り。

聖ソフィア大聖堂から徒歩ですぐのところにあります。

この場所の「中央大街」のロゴもかなり有名。

土曜日なのでにぎわっていました。

帰りに迷子

余談ですが、帰りに迷子になってしまいました。

自分が住んでいるところもはっきりせずにタクシーで出てきてしまったため、帰れなくなってしまいました。

いつぞや、インドのコルカタでの記憶が蘇りました。

当時は40度を超える暑さで死を意識しましたが、今回は凍死を意識しました。

最悪タクシーを捕まえられましたが、肝心の目的地を完全に見失いました。

ホームページで調べた学校の住所と、実際に私が乗った場所が全然違っていたようです。

健康コードがあり、最寄りの地下鉄やバスから行ければ、すぐに察しがついていたとは思います。

最後は公安のお世話になってしまい、散々なスタートとなりました。

ハルビンの印象

ハルビンの印象は私が思い描いていたものとはちょっと違いました。

道に迷った時、ホテルや携帯ショップに駆け込んだり、道行く人にも何人も助けを求めましたが、なんと助けてくれません。

今まで、もういいから帰ってくださいうぃ~、と言っても世話を焼いてくれた中国人の姿はありませんでした。

遥かなる中国、その最北の地、黒竜江省。 ここは美人の宝庫でもある東北の中でも、最も北に位置する。 ロシアとの国境が近く、単純に考...

美しく聞き取りやすいハルビンの中国語

みなが話す中国語の発音はやはり綺麗でした。

それは吉林省と違ってイメージ通りです。

ですが、人の心が、黒竜江省東部で感じたものとは別でした。

これは感覚的なもので正確には言えません。

しかし、ハルビンはロシア人が作った街、そして日本も関りがあります。

どこか、非中国的な空気を感じてしまいました。

中国語学習はだいぶ進んでいる。 おそらく話す力は、英語と同等(中二レベル)ぐらいになってきたのではないかと思っている、私の英語力は中学生レ...

私は黒竜江省で生きる

いろいろな理由で、とりあえず2年はなんとかここでやっていくつもりです。

婚活というのはついでの理由で、他にいくつか大きな理由があります。

まぁ、それは追々書けるときがあるかもしれません。

もうすでに触れたこともあると思います。

しかし、私にはチチハルうぃ~がどんなところでもそこでやっていくつもりです。

チチハルにはまた、違った風が吹いていることでしょう。

まとめ

とりあえず、聖ソフィア大聖堂中央大街という二大観光地に行くことができて良かったです。

いつまで哈爾浜ハルビン)にいれるか分かりませんので。

動画とかも取ったので、また編集して追加しようと思います。

今はどうやってブログを継続していくかが課題です。

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