わけいってもわけいっても無職
選択肢を考えても、また苦しみが待ち受けていると思うと動くことができないでいる
自分以外の人に信用されないのならまだいいが、自分を自分で疑うようになってくるともうだめだ。自分の場合は罪悪感にさいなまれようが、無職の時が一番心が安定している。
積み上げていない人
海外スカイプ面接でもまだ若いからと言われたけど、積み上げてない30代など必要とされていないし、そんなこというのなら仕事を紹介してくれたと言いたかった。やはり株の損失があまりにも痛かった、たかが数百万円の金ともいえるけど、自分には未来を託したすべての金だった、あまりにもスケールが小さい話で泣けてくるけど・・・
おみくじ効果
おみくじで凶をひいてから半年ほどたつので、
万事 我が頼みに思うものにそむかれることあり
と書かれてあったこと効果は
- 株の損失
- アドセンス停止
などで消えてしまったと思いたいが、神のみぞ知るだ。
アドセンス減額
アドセンス復帰後は少し安心させておいて、数日後にガッツリ見積もり収益が減額されていた、もうダメだ~どうでもいいです再開する気も起きない。
金にならなくても続けているということは、『風の谷の無職』は自分にとってのなにかになったのかもしれない。
明るい兆し
千里眼
自分には軽い千里眼的なものがあって、こうだと確信できれば未来がその通りになるといったようなことが人生に何度か起こった。それがどんなに不可能に思えることで、あぁそうなってしまう、成功してしまったことを未来から見ている感じだ(今のところマイナスのイメージは見えたことがない)。
今年というか、近いうちに明るい兆しがあるような気がしている、自分にとって一見好ましいと思えるなにかだが、まだなにも具体的には見えてはいないから、このまま見えずに終わる可能性もある。
千里眼は時間がかる
私の印象では、透視といのか?予知というのかはものすごい時間がかかる。だから、他人のことは絶対にわからないと思う、5年、10年という熟成期間が必要で、その間の規則正しい生活が、一見すると関係ないような結果に結びついてくるというような印象を持っている。
正しく生活をするといっても、読書をしたり、健康管理をしたりというような基本的ことだが、そういうことが人生の運を引き寄せてくるのだと実感するのだ。
なにを言っているっか分からないって?自分もそう思う、普通はこんなことを実感できないのが普通だろうけど、見えてしまったんだからしょうがない。
書くことがない
ノーテーマ
今日も書くことがなかったので、ノーテーマで書いてみたけど、ずいぶん苦労して考えたのが結局何もしたくない、死んでしまいたいだったのでこんな文章になってしまった。
それでもあげないよりはましだと思って、無職の間は書き続ける、意外とテキトーに書いた記事が読まれたりするしね。
もう、そんなに長い期間は無職はできないけれど・・・