中国時代劇ドラマ『月に咲く花の如く』にハマる。

そろそろ本格的に日記ブログに移行していきます。

チチハルアイコンを使い始めました。

気持ちですが、いろいろな登録名で黒竜江省やチチハルを避けています。

 

必要以上に目立たないということですかね。

このようなうぃ~ブログをやっている以上は、身バレは仕方ないことです。

問題に発展しなければいいかなと思っています。

 

前回2018年はあきらめたんですけど、今回は続ける方向で考えています。

でも、色々考えるとかなり難しいことではあると思います。

身バレ以上に

  • 時間の確保の問題
  • 記事を妥協して出していく問題

です。

この辺りのことを無職系ブログの巨匠であるクラゲさんのブログに改めて学ぼうと、過去記事にあたってみたりしました。

 

当然のことですが、忙しければけっこう適当でもいいんだなということは分かりました。

なにより続けることが難しい。

前回の私もあきらめたように・・・

日記ブログ卒業~先生さようなら、皆さんさようなら~

 

中国ドラマ『月に咲く花の如く』

GYAO!で、今なら『月に咲く花の如く』という中国の時代劇ドラマを無料で観られます。

しかし、このドラマは相当に危険です。

  • 長すぎる(確認できただけで72話以上ありました)
  • 面白過ぎる

なので、最近の私のような無職状態の人以外おすすめできません。

なんでも、中国ドラマの興行収入を軒並み塗り替えたとかで、相当にクオリティーが高く面白いです。

私のなかでは「おしん」に匹敵すると思います。

(おしんが面白くないという人はおしんを知らない人です。あのドラマも恐ろしい)

 

時代は清。舞台は陝西省です。

私は一週間で30話まで見てしまいました。

しかし、それもここまでです。

今日ぐらいからいろいろ動きが出てきて、土曜日はいよいよ移動です。

もう、見ることはできませんが、中国語学習にも相当役に立ちます。

特にHSKで5級以上レベルで、かなり難しい言葉でも知っているという人には復習になって、語彙を定着させることができます。

この学習方法はおすすめです。

 

今日はこんなところです。

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中国人学生に初期仏教を説く。仏教と自殺。瞑想。宗教。

中国人初期仏教(うぃ~教)を説くチャンスがあった。

お釈迦様の話から世界の諸仏教の話まで、いろいろなことを説いた。

私は初期仏教の実践者でもある。

つまり瞑想を実践しているので、そのあたりについて話した。

私はブロガーである前に、美術教師である前に、毎日腹筋百回やヨガ実践者の前に、一人の瞑想者である。

 

仏教を中国人学生に説く

本来の仏教とは、瞑想(ヨーガ)の実践のことである。

瞑想は苦しくないなどとどこかの馬鹿がのたまったらしい。

しかし、瞑想は苦行である。

はたからみて動かないので、勝手にそう思っているだけだ。

しかし、動かない彼らの内面は苦を苦と捉えない、楽を楽を捉えないようにする脳内回路の変換という壮大な修行が行われている。

まぁ実際に動かないだけで慣れないうちは苦しい。

 

初期仏教の瞑想は、ヴィパッサナー瞑想といって肉体を観察することにある。

簡単な仏教の知識、瞑想はなにを目指しているのか、とうことなどを説いた。

 

例えば、タイのお坊さんが座って瞑想している時、ただ座って意識を集中しているのではない。

あれは、なにをしているのか?

ということを学問的に教えた。

 

中国人学生と仏教と宗教。瞑想者。

現代の中国人に、ほとんど宗教をしている自覚はないだろう。

しかし私の考えでは、おそらく日本人、でもそうだと思うのだが、東洋人である以上無意識に宗教(仏教)を実践している。

伝統的に、風習的に、宗教と関わらないということは難しいからだ。

 

しかし、本来の仏教とはそれとは少し違う。

本体の仏教とは、なにかを形にしたり、なにかに祈ったりするものではなかった。

断じて、そのようなものではなかった。

本来の仏教、つまり釈迦が生み出した概念とは、外の世界になにかを求めるものではない、それは自分の中にすべてを求めるものだった。

 

この辺りを学生に説いたが、非常に熱心に聞いてくれた。

「このような話しを初めて聞きました」

と言ってくれて、鋭い質問を挟んでくれた。

合計で4時間以上は初期仏教について話していたかもしれない。

まさに独壇場うぃ~である。

 

瞑想者は外の世界になにかを求めるわけではない。

金や地位、妻や子供、家などを求めるわけではない。

ブッダの言葉に

「武器屋は弓矢を作る 牛飼いは牛を作る 賢者は自己を整える。」

というようなものがある(正確ではないです)。

 

しかし、実際に世俗に生きている以上金を求めないわけにはいかないし、仕事もしなければいけない。

だから、実際の生活でどの程度活きるのかは具体的に分からないが、なにか不幸があった時に、その効果は著しい。

例え失明しても、例え不治の病を告げられても、瞑想者の目的は自己を整えることであるからだ。

眼が見えなくても、病気になっても、どうなっても、死なない(脳死にならない)限り瞑想はできる。

究極的ではあるが、例え全身が動かないような難病になっても、自己修練を続けられるのだ。
これはかなり大きい。

 

そう、瞑想者は外になにかを求めるのではない。

自分の中だけに求める。

大事なものは外にあるわけではない、己の中に既にあるということだ。

生老病死の苦に直面した時に効果を発揮する、それが瞑想だと思っている。

 

生死の道理を観察し、その練習を毎日していると考えてもいいかもしれない。

死に直面した時、それでも瞑想でなにかを達成しようとする、それが私の目標だ。

 

釈迦はどうしようない人間だった

どうも学生が宗教は偉いもの、釈迦は偉いものというような勘違いがあるようだったので諭した。

どうも儒学的な、孔子の思想などに引っ張られて、宗教は道徳的なものと思い込んでしまうのかもしれない。

ある男子学生が、しきりに宗教が社会規範や政治のために使われたというのだ。

だが初期仏教は他人のためではなかったし、初期では社会規範的な要素もなかった。

私は、

「孔子は実践的だし、あれは非うぃ~であるから、あなたが儒教を実践する態度が私より正しい」

と答えた。

私はうぃ~であり、初期仏教はうぃ~である。

 

お釈迦さまというのは、本当にどうしようもない人間だった。

仏教というのは釈迦が苦しみを逃れるために、その欲望を実現するために編み出した概念である。

彼は2人の妻や子供のある王子だったが、すべてを捨てて出家してしまう
(その後釈迦国は隣の大国に攻められ滅亡した)。

そして、悟りを得た後も、自己だけを優先して布教を拒否したと言われている。
(その英知は一目見ただけで分かり、周囲の者に説得された。サールナートで数人の者に初めて教えを説いた、それが初転法輪、仏教の誕生である)

苦を無くしたいという究極のわがままを実現しようと立ち上がった一人のうぃ~が編み出した哲学、それが仏教である。

 

仏教と死。自殺

一人の中国人女子大学院生から鋭い質問がきた。

「苦を無くせば楽も無くなる。それを目指していると先生は言った。では、なぜ自殺をしないんですか」

と。

感心した。

瞑想をしていてわかる、おそらくブッダもそのことを考えたことだろう。

そして、自殺の効果について一定の評価をしていたと私は予想している。

 

ブッダが実際に自殺について問われた時、なにも答えなかったと言われている。

それは、仏教の揺らぎでもあるかもしれない。

しかし、仏教はあくまで生きる中で、訓練で脳内回路を超越しよう(苦を苦と思わない、快を快と思わない)という試みである。

そして、それができれば心の平安が得られる。

平安のないまま、自殺しては意味がない。

 

仏教はやはり生から始まり、生きることを前提にしていると説明できるかもしれない。

だが、行きつくところはほとんど同じような気がするし、自殺は無視できないテーマだ。

釈迦がどういう世界を観ていたのか、私には知る由もないが、死についての理解は瞑想で深まっていく。

 

死が全く悪いことではないということだけは分かる。

生死は、男女、昼と夜、光と影など、単なる対のものに過ぎないからだ。

夏は良く、冬は良くないだろうか?男は悪くないだろうか?女が悪いだろうか?

そんな単純なものではない。

死は悪いものではない、生があれば死がある。

 

大事なのは生まれて、いつか死ぬこと。

生まれてすぐ死んでもいい。100年生きて死んでも良い。自殺しても良い。

だが、生まれて死んでいく、それが一番重要であると考えている。

生きることだけが重要ではない。死んでいくことも重要なのだ。

 

大半の文学や映画などのテーマは間違っていると思う、生きることが大事なら死ぬことも大事だ。

それは1つであり、切り離すことはできない。

大事なのは生まれて、そして死んでいくことである。

 

そして、それはすぐにでも構わない。赤子で死んで悪いことはない。

それもまた、評価できる。

生まれて死ぬ、それだけで偉大なことなのだ。

 

科学的に、生命がなぜ存在するか理由が分からない、だから生命を作ることができないそうだ。

私は外の世界ではなく自分の中にその答えを見つけ出した。

生命の目的は、生まれて死ぬことである。

おそらくそれだけで宇宙のなにかの目的が達成されるのだろう。

その計算方法は、いずれ科学でも解明されるのかもしれない。

 

別に自殺願望はないが、瞑想者としていつも考えているようなテーマを、初見の学生に指摘され、ギクリとした。

そしてなによりこの女子学生の聡明さと着眼が嬉しかった。

私は丁寧に言葉を紡ぎ、そのようなことを説明した。

 

 

このように、話す内容は多岐にわたり、仏教だけにはとどまらず、あらゆる思想に及んだ。

中国人学生たちや、声をかけてくれた日本語教師の先生にも感謝したい。

そして、改めて自分が話した間違いにも気づきがあり、自分の仏教的理解を確認、深めることができる会議だった。

中国人と仏教、宗教。浙江省と仏教。高昌国(高昌故城)。

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中国移動で携帯電話のsimカードを手に入れました。微信での支払い規制。

滞在許可証が貼られて、パスポートが戻ってきました。

これで、もしPCR検査をされる時でも怒鳴られなくて済みます。

でも顔写真が老けていて少し驚きました。

髪型とか写真の条件だと思いたいのですが、2年半前の居留許可証とえらい違いでした。

 

simカードを作りに、中国移動へ

さっそくSIMカードを作りにいけという指示で、中国移動に連れていかれました。

最初の店では無理と言われ、タクシーに乗って仕方なく大型店へ。

やはり厳しくなっている気がします、全てにおいて。

なんとしてもうぃ~人間や、うぃ~的な要素を締め出して、先進国になるのだという強い気概を感じます。

以前は、確かどんな小さな店舗でも携帯番号を作るのなんて、簡単だったと思います。

今は滞在許可証がないとダメですからね。

 

中国式で契約書の一つもなく、もらったのはsimカードだけでした。

たしか月額34元と言っていたと思います。

 

微信での支払い規制

Twitterで不穏な情報が流れてきました。

微信でお金の支払い・受け取りができなくなって困っている人多数。今わかっていること:①新しいルールで、中国の銀行カード類2枚以上の紐づけが必要になったこと②この2枚は現在紐づけている以外のカードであること…私詰みました

 

ツイートによると、今後は銀行カードが2つ紐づけされていないと、WeChat(微信)での支払いができないというものでした。

しかも、これまで登録していたものは無効。

別のカードが2枚必要←この条件が厳し過ぎますね。

 

外国人が銀行カードを作るのは難しい

外国人が新規で銀行カードを作ることが、実質不可能になっている情報を知っているからこそのツイートだと思いました。

中国は先進国への道を歩き始めている。困難になった入国、銀行口座、携帯番号。

この情報が本当なら私もおそらくWeChatでの支払いは不可能になりますね。

これは相当に困ります。

 

しかし、今はまだ実質買い物どころではなくて、自分の家にまともに出入りすることができません。

まずは、そちらをどうにかしないといけません。

黒竜江省の健康コードをアプリで登録しないといけないのですが、中国人の先生でも解決できませんでした。

 

まぁパスポートが戻ったので今日はそれが収穫でした。

 

タクシーの中で、いろいろ情報を聞きました。

おそらく私は予定通りチチハルにいくこと、ハルビンの高校のレベルなどです。

ハルビンの感染者も比較的落ち着いてきたので、学校が再開される日も近いようです。

最終目的地に行ける日も近いかもしれません。

中国に物乞いがいた頃。手足のない人や美人、皮膚病。北京、上海。

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冬の黒竜江省ハルビン、最高気温がマイナスに。

朝起きたらPCR検査の連絡が来ていました。

最近表のコンビニ以外はほとんど出ていませんでしたが、8号棟でPCR検査ということで500メートルぐらい歩いてきました。

 

最高気温がマイナスに。黒竜江省の冬。

気温がかなり下がっていて、風邪をひかないか心配になりました。

 

※出典

今日はとうとう最高気温マイナスになってますね。

 

外の寒さで吉林省を思い出しました。

これからまだまだ寒くなるでしょう。

※出典

ハルビンもやっと冬に入ったという感じでしょうか。

まだまだこれから気温が下がって、ピークは一月半ばです。

 

早く服を買わないとヤバいです。

並ぶと思わなかったので、ウルトラライトダウンで外にでて死ぬかと思いました。

 

こういう外で並ぶ形式のPCR検査は、今までほとんどなかったです。

 

外は今まで見たことがないような、氷の世界が広がっていました。


写真をあげると、意外と画質が落ちたのでTwitterを貼っておきます。

 

こんな状態なのに、外で音楽を流して体操の集まりをしたり、子供が熱心に雪遊びをしていました。

私は、少し外にいただけで風邪をひいたかもしれません。

 

ハルビンより寒いチチハル

私はハルビンより寒いチチハルに赴任する予定です。

こんなに寒いと、心の余裕もなくなりますね。

店に入れるようになったら、ロングのダウンコートのようなものを買わないといけません。

 

どこで働くのか?

いつから授業なのか?

どんな授業をするのか?

なにも明確ではありませんが、おそらく近いうちに授業も始まると考えて、体調管理していこうと思います。

今日は普通の日記でした。

今後はだんだん、こういう記事が増えていくと思います。

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中国に物乞いがいた頃。手足のない人や美人、皮膚病。北京、上海。

2009年、私はリーマンショックの不況から無職となり、失業の身となった。

その時、ちょうど友人も教員の仕事が無いタイミングで、中国へ旅をするという。

私は一緒に来ないかと誘われた。

 

友人には打ち明けていなかったが、当時私は精神的に病んでいた時期である。

この病のせいで、私の20代は生産性のないものになっていた。

 

そんなことから、当時中国へ行くのはかなりの決断が必要だった。

当然、メディアの影響から中国は怖いところだと思っていたし、なにより病気で旅をする自信が持てなかった。

それでも、死ぬことはないと思って、行く決断をした。

なにか大きな刺激が必要だったのかもしれない。

 

北京で手足のない物乞いを見る

2009年、私は初めて中国へ行った。

北京の空港に降り、初めて中国の空気に触れた。

まだ今よりも埃と熱気にまみれ、映画の中のような喧騒が残っていたように思う。

 

北京の地下鉄に乗れば、必ず物乞いがいた。

駅のホームには物乞いのグループがたむろして待機していた。

彼らは一日中地下鉄のホームと車両の中で、物乞いをしながら過ごしていた。

手足がない者、ヒドイ皮膚病の者、それらの親子連れなど。

びっしりと客のいる地下鉄の中で座っていると、音楽を流しながらゆっくりと這ってくるのだ。

それは、本当に恐ろしい体験だ。

インドでも多くの物乞いを見た

電車の中での集金も体験したが、あれは強制的に集金するヤクザのようなもので、別のこわさだった。

 

中国地下鉄の中では、精神的にダメージを受ける感じが強かった。

彼らの姿かたちは、人間とは思えない程変形したり、病気になったりしていて、恐怖しかなかった。

 

上海の道端で美人詐欺師に会う

当時の日本はまだ世界2位の経済大国、一人当たりGDPでも中国とはまだ大きな差があった。

日本人や日本円というだけで、金の匂いが残る。

そんな時代だったのだろう。

上海の街をブラブラしていると、日本人というだけで声をかけられた。

日本語を話せる美人が突然話しかけてくることもあった。

 

「大学で日本語を勉強している。

私の仲間を紹介したい」

今だったら信じられないような、日本人を狙った美人詐欺師のようなものが存在した。

 

消えた物乞いや詐欺師

北京上海にいた物乞い詐欺師は、今はどうしているのだろうか。

おそらく、貧しくなった日本人を専門に狙う美人詐欺師などもう存在しないだろう。

そして、北京のオドロオドロシイあの地下鉄物乞いグループも、もう存在しないのだろう。

 

あんなわけのわからない世界があれば、中国の評判はガタ落ちになる。

おそらくあれ以降すぐに規制されたはずだ。

もしくは、あの当時すでに混沌は消えつつあり、あれらは最後の混沌であったのかもしれない。

 

豊かになった中国が失ったもの。それは言葉にならない、うぃ~そのものである気がする。

 

2009年の中国

昨日、学生からの読解問題で質問がきた。

要約すると、

「田舎の自然をありがたがるのは街の人だけだ。街の者は、週末だけ田舎にきてありがたがっ

て帰っていく。

そして、環境保護などを訴える。しかし、田舎の発展は田舎の者にとっての悲願なのだ」

というような内容だった。

学生はそれに賛同し、私に同意を求めるためにメッセージをくれたようだった。

私は少し感情的になった。

なぜなら、私はド田舎の人間であるが、私自身が田舎の自然が無くなるのを嘆いているからだ。

それは多様性であり、混沌であり、火であり、陰であり、危険でもある。

それらの消失を、過疎化でセブンイレブンまで10キロも離れている私の故郷でも感じるのだ。

 

分からないもの、恐怖するもの、2009年中国にはそんなものがまだ多く残っていたのを、その学生の質問で思い出した。

学生は虫や蛇が嫌いだといった。

 

全くなにを書いているのか分からなくなった。

 

貧困は嫌いだ。

食えないのは苦しい。

しかし、金が全てではない。

人の思想や誠は、ある部分うぃ~と繋がっているのではなかろうか。

中国語で先生は”○○さん”の意味。中国語で先生は”老師”。

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コロナ流行で、中国ハルビンでブログを書くだけの日本語教師。

昨日は氷柱が歯の様になっていました。

少しづつ伸びているようです。

中国東北地方は寒すぎて、雪も一度降ると溶けないので道路整備の人も徹夜で仕事をしています。

※出典

 

海外の日本語教師は待つ仕事

海外の日本語教師、それはある意味、待つことの多い仕事です。。

 

今の中国でも、

 

招聘状が出ない。

ビザがでない。

水が出ない。

停電が復旧しない。

学生が答えない。

など、

あらゆる待つ時間をどうやって耐えていくか。

忙し過ぎて回らなくなるというより、耐えたり待ったりする時間がとても多い印象です。

 

中国ではコロナが流行中

現在また中国でコロナ流行中です。

※出典

昨日の感染者報告は79人。

日本であれば何のことはない数字ですが、中国としては感染爆発を迎えているといってもいい状況です。

オリンピックを控え、とくに対策に力を入れているであろう北京でも、感染をコントロールできていないのが気になります。

やはり、コロナは本当に手ごわい感染症です。

 

待機してブログを書くだけの日本語教師

ただひたすらに待機しています。

学校はコロナでインターネット授業に切り替わってしまったので、見学することもできません。

フラフラと学校に行くことも出来ない。

また、インターネット授業環境を乱したくないのか、見学の案内も来ません。

 

ブログも少し手詰まり感が出てきました。

ネタが無いことはないのですが、書くことに少し疲れてきました。

 

ハルビンでも感染者が散見されるため、なるべく外出を控えるように言われています。

また、なにより健康コードがないのが重くのしかかっています。

外出しても交通機関や店に入ることができません。

 

給料は働いてから

食料が確保されていれば、正直ヒマなのは問題ありません。

日本でも慣れていますから。

勉強して中国語のレベルアップを図ることもできます。

 

問題は経済面ですかね。

給料は働いてからの後払いなので、最低2カ月以上は出ません。

このまま待機が続き、3か月、4か月先になるという可能性もあります。

まぁたぶんそんなことはないのでしょうけど、早く赴任地にいかないと落ち着けないですね。

 

パスポートの処理もおそらくコロナで止まっている感じで、移動は来週も難しいかもしれません。

 

中国の日本語教師の受難

コロナが発生して、やっと見つけた華中地域の大学で給料未払い&前日クビ宣告を経験しました。

また、不本意な激務高校での仕事で中国に来ることはできましたが、2か月たっても現地に到着する目途が立ちません。

こんなことは考えてもいませんでした。

何一つ順調にいかない日々が続いています。

 

まぁ、荷物や給料を回収できない方達が多いと聞いていますから。

なにかしら皆さん苦労されています。

日本語教師にとって厳しい時代になりました。

だんだん状況はよくなると思って、生きていくしかないですね。

 

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2009年の北京、呼和浩特、銀川、蘭州の動画。中国個人旅行の記録。

2009年の中国旅行、記録動画

先日、2009年中国旅行の写真を整理していた。

すると、ファイルの最後に当時撮った動画を見つけた。

当時私が使っていたデジカメは、なかなか質の良いカメラで動画も撮ることができた。

 

動画の質はかなり悪いが、逆にこれが当時を思い出すうえではちょうどいい。

とりあえず全部youtubeに上げてみたので、ブログで共有する。

 

北京の王府井

おそらく北京の屋台街がある王府井付近で撮影。

他にも黒いサソリや、ヒトデなど、いろいろなゲテモノがあった。

 

胡同の猫

中国の古い路地を胡同という。

だんだん、失われていく胡同街は、当時はまだまだ残っていた。

 

このはかなり中国らしいである。

 

北京ダックと子供達

2009年当時、まだ北京市民も貧しかったのだろう。

日本人3人(私は当時友人と2人旅)がシェアして注文した北京ダックが珍しいようだった。

 

貧乏無職3人が頑張って注文したので、当時としては現地でかなり高価だったのだろう。

子供たちが一斉に集まってきて、この光景は今でもよく覚えている。

 

北京から呼和浩特(フフホト)へ

北京の新幹線の駅は北京西駅だったろうか?

切符をよく確認せずに北京駅に行き、寝台に間に合わず。

無座に乗ることになってしまった。

 

なんで日本人がこんなところに座っているんだ!

と警察から責められたのは、今ではいい思い出。

海外バックパッカーの鉄道がいきなり無座、本当に辛かった。

 

呼和浩特のロバ

内モンゴルの省都、呼和浩特(フフホト)へ私の思いつきで行くことになった。

北京で会った日本人が蘭州や西安を勧めてくれたこともあり、北から西周りで上海へ向かう旅になった。

 

 

呼和浩特の大草原ツアー

友人の希望で、呼和浩特大草原ツアーに申し込んだ。

夜の満点の星空が記憶に残っている。

 

馬を乗りこなすモンゴル人が、日本にいる相撲取りと全く印象が違うのが印象的だった。

どちらかというと顔が濃く、蒙古襲来の絵のような人たちだった。

 

包頭の響沙湾の駱駝(ラクダ)

大草原ツアーの帰りに寄った砂漠。

場所はよく分からなかったが、大きな観光地だったので、おそらく『地球の歩き方』に出ている響沙湾ではないかと思う。

初めてラクダに乗った。

 

 

銀川の賀蘭山岩画(がらんさんがんが)

寧夏回族自治区の省都、銀川へ。

初めての海外旅行で行く場所ではないことは確かである。

 

賀蘭山岩画がらんさんがんが)は、なかなか面白いところだった。

かなり広大な範囲に点在しており、とても全部は周れない。

 

蘭州の黄河

蘭州黄河が流れる陝西省の省都。

ここも、かなりマニアックな場所。

中国通でもここまで来る人は少ないだろう。

 

世界遺産で中国四大石窟の炳霊寺(へいれいじ)石窟が有名。

 

2009年の中国動画まとめ

以上駆け足で2009年中国旅行を振り返ってみた。

旅はこのあと、西安~上海へと進んだ。

この初回の旅でシルクロードを意識する。

後に新疆のウルムチまで旅する動機となった。

 

YouTubeなど当時はなかっただろうし、なぜ動画を撮ったのかは覚えていない。

個人の記録としては、まぁ良かったかもしれない。

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中国コロナ隔離生活の食事。隔離飯ブログ。東北黒竜江省ハルビン。

中国東北地方、黒竜江省の省都ハルビンで隔離されているクニヤメです。

 

正確には隔離の終了が今日の午前に伝わり、突然終了となりました。

とりあえず、ほっとしています。

入国隔離から、マンション内濃厚接触者発生の隔離が続き、解除された数日を挟んで合計45日ほど隔離されていました。

 

入国隔離の記事↓↓

 

ホテル隔離では自炊の必要はありませんが、寮隔離だとそういうわけにもいきません。

無職飯いらい、数年ぶりにガッツリ自炊生活をしましたのでブログに記録しておきます。

無職が作る料理

基本的には↑の記事のように作っていますが、調味料が

  • 醤油

だけなので、さらに単純に作っています。

 

中国マンション隔離での食事

私の最終目的地は、中国黒竜江省のチチハルですから、今は入国してから赴任する途中です。

入国隔離のデフォルト5週間隔離(濃厚接触者発生で+1週間延長)の中で、最後の週間をハルビンの職場関係の寮(民間のマンションの一室)で過ごしていました。

ですから、ある意味特殊な環境です。

とりあえず食材が満足には無い中で、米と野菜はあったのでひたすら中華鍋で中華料理を作っていました。

入居する前にいろいろ用意してもらっていた中に、まだタグのついた新しい中華鍋があり、それが私の生活を救いました。

けっこういい物なんだと思います。

中国生活が落ち着いたら、絶対おなじ中華鍋を手に入れようと思いました。

 

隔離中に作った食事

ほとんど野菜炒めのようなものを作っていました。

いわゆる中華ですね。

隔離中に作った食事ブログに記録しておきます。

前半はまだ彩も豊かです。

まだ食材が豊富でした。

 

特に卵がかなりあったので惜しみなく使っていました。

まだ隔離が延長される前なので、余裕もありました。

 

野菜も減ってきて、卵も少なくなり始めます。

再び隔離が始まったころです。

 

精神駅な余裕も無くし、少ししんどかったです。

この辺りからいつもカレンダーを見て、隔離が終わる日を毎日考えるようになりました。

 

 

キャベツの素炒め

貧乏一人暮らし歴の長い私ですが、さすがにあまり経験がありません。

そんな領域に入りました。

タンパク質が無いだけで、かなり物足りなくなります。

一昨日ついに卵があと一個になり、次の日のトマト炒めのために残しました。

 

トマトと卵炒め

昨日の晩。

トマトと卵炒め。

卵一個で十分なんですね。

けっこう上手くできた方です。

 

これで卵がゼロになりましたが、結果的には今日隔離が終わりナイスタイミングでした。

あと一週間は続くと聞いていたので、嬉しい誤算でした。

 

以上、中国コロナ禍での自炊隔離飯についてブログしました。

中国人と中華料理。中華思想とインドにおける中華料理。

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東北石油大学のこと。レベル、全国重点大学、黒竜江省大慶市。

最近気になっている大学が、黒竜江省大慶市の東北石油大学です。

この大学、いくつかのネットで国家重点大学になっていたり、いなかったりしました。

黒竜江省の田舎になぜ全国重点大学が?

と思った私はちょっと調べてみようと思いました。

ちょうど現在隔離されているハルビンと、赴任地のチチハルの間です。

 

黒竜江省大慶市の中国石油大学

中国の大学を調べると必ず出てくる「中国の主要大学800」の情報を見てみます。

以下引用

沿革 清華大学の石油学科を母体として1960年に「東北石油学院」が設立。1975年に「大慶石油学院」を経て、
2010年より「東北石油大学」の校名となった。
特色 中国最大の石油石化基地である黒竜江省大慶市に所在し、黒竜江省と中国石油天然ガス、中国石油化工、
中国海洋石油が共同運営する地方重点大学。
工学を主体として人文学系の学科も備えた総合大学で、中国の石油関連業界にハイレベルな専門人材を輩出している。

 

中学科学院と中国工程院

中学科学院の数の多さが目立ちます。

中学科学院が5で中国工程院が1とあります。

黒竜江省でおそらく2番目に有名で偏差値も高いであろうハルビン工程大学(Harbin Engineering University)
と比較してみます。

ハルビン工程大学は中学科学院が6で中国工程院が1です。

この名門大学でその数字なので、大部分の大学、はこの中学科学院と中国工程院の数はたぶん0なのではないかと思います。

 

試しに最初に赴任した吉林省では一本(中国の大学の等級、一本が最難関)に入る吉林師範大学で調べてみました。

すると、やはり中学科学院と中国工程院の項目はーになっており、ありません。

吉林省では全国重点大学の吉林大学、東北師範大学に次ぐ、3~4位ぐらいの偏差値を誇ります。

普通の名門大学では0だということだと思います。

東方石油大学は、国家がかなり力を入れている重要な大学と考えて間違えなさそうです。

 

東北石油大学のレベル、大学ランキング

中国大学ランキングで、東北石油大学を調べてみました。

有名どころの大連交通大学より上になっていますが、重点大学のわりには低いです。

なんとなく、150位以内には入っているかなと考えていました。

 

ランキングは右肩上がり

ですが大学ランキングは右肩上がりで上昇中です。

今後の200位入りも夢ではなさそうです。

 

東北石油大学は全国重点大学の一つ

百度で調べると、東北石油大学が確かに全国重点大学であることが分かりました。

 

”20世紀は石油を巡って戦争をし、21世紀では水を巡って戦争をするようになる”

というのをどこかで聞いたことがありますが、やはりそれだけ石油の産出というものが大きかったということですね。

黒竜江省にはハルビン工業大学、ハルビン工程大学の3つしかありません。

また、人口一億人を誇る河南省には、そもそも重点大学が一つもありません。

これは意外なことですね。

 

国家重点大学の基準

ランキングは偏差値の高さとおおむね連動していると思います。

国家重点大学基準は、おそらく

  • 大学のある場所
  • 偏差値や知名度
  • 専門性の重要度

など、複合的に決まるのだろうと思われます。

東北石油大学の場合は、石油という資源がいかに大事であるかという現れでしょう。

 

1960年の大慶油田発見と共に誕生

大慶油田は1960年に発見された中国最大の油田です。

ウィキペディアで大慶油田を調べてみます

以下引用

1960年代の開発時には、多数の労働者を人海戦術で投入。
他国(少なくともアメリカ合衆国)の技術を用いずに施設を完成させたとして、労働者の模範的職場として賞賛され、「工業では大慶に学べ」というスローガンが生まれた。
最盛期には日本の原油輸入量の3割に相当する年間5000万トン以上の生産量を誇った。しかし、中華人民共和国の世界貿易機関加盟により国際的な価格競争にさらされ、1990年代以降は著しい合理化が進められた。この結果、労働者の大量リストラ、レイオフが発生。中国では珍しい退職者も含めた大規模デモが発生した。また、大規模な天然ガス噴出事故に伴う労働災害が発生するなど、中国における労働者事情を語る上で、未だ頻出するキーワードの一つとなっている。

中国最高峰の精華大学の石油学科を母体としたということは、おそらく当時の国家プロジェクトとして大慶での油田開発研究が行われたことが分かります。

 

学院から大学へ昇格

東北石油学院が開設され大慶石油学院になり45年後に、東北石油大学に昇格しています。

○○学院という国家重点大学はないので、やはり大学名も重要ですね。

 

東北石油大学と日本語学科

東北石油大学にも外国語学部がある。

残念ながら日本語科はなく、英語とロシア語だけが確認できた。

 

三峡ダムと三峡大学

ここで、私はもう一つのある大学が気になりました。

湖北省宜昌市の三峡大学です。

日本語学科もある、かなり優秀な大学です。

 

三峡ダムも、国家の威信をかけた一大プロジェクトで、水力発電でウハウハのドル箱施設のはずです。

そして、それを管理する目的だけのために三峡大学があるといってもいいと思います。

ですが、三峡大学が国家重点大学というのを聞いたことがありません。

 

ランキングを調べてみました。

ありました。

167位、東北石油大学よりも上です。

また寧夏回族自治区で一番偏差値の高い寧夏大学よりも上です。

 

しかし、国家重点大学ではありません。

湖北省は5つの全国重点大学を抱えていますから、その中にいれてもいいような気はします。

やはり、水利より石油ということなのでしょうか。

 

以上、東北石油大学についてのレポートでした。

今後も気になる大学があれば、調べてみたいと思います。

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その給料なら中国で婚活できると言われた。byハルビンのタクシー運転手

は~もともとがそんなに優秀ではないので、中国語の勉強はなかなか進みません。

しかし、私の中国での生活は中国語能力の向上にかかっています。

当然婚活もです。

やるしかありません。

 

ほぼ独学で4年目。

HSK5級で193点だったのが約一年前ですから、今200点は超えていると思います。

次受けるのは6級ではなくてまた5級ですね。

大学院の要求が5級の方が多いので、そちらを優先したいと思います。

 

タクシー運転手から必ず中国で結婚できると言われました

先週、自主隔離明けと濃厚接触者発生マンション隔離の間に、不自由ではありましたが外出する機会がありました。

その時、ハルビン(哈爾浜)の観光地である聖ソフィア大聖堂までタクシーに乗った時のことです。

ハルビン(哈爾浜)観光。聖ソフィア大聖堂と中央大街へ。



タクシーに乗ったら、まずどこの国から来たのかと聞かれます。

仕事の話→年齢の話ときたら、結婚しているのか?

と必ず聞かれます。

そしたら、

 

「結婚してない」

と言います。

なぜだと必ず驚かれます。

中国人で38歳で結婚してない人はほぼいないからです。

 

「私は人気がないし、貧しいうぃ~なので結婚できない」

と答えます。

 

これが何度も中国で繰り返すルーティンの会話です。

日本ではそういう傾向も弱まっていますが、中国では結婚していないというのは変人です。

変人扱いうぃ~です。

 

 

私は臆することなく、

 

「もうすぐ40歳になる。まともに結婚生活をするには最後のチャンスなので、黒竜江省うぃ~で婚活したい」

と言いました。

 

仕事の話から給料の話になり、私の月収を伝えました。

すると、彼は少なくない驚きを見せました。

彼は眼を少し細めました。

 

「ナ~二ィカンディン??チエフォン
(じゃあ、絶対結婚???できる)

 

彼は確かにそのようなことを言いました。

本当に誰でも月収50万円(手取40万)以上稼げる(たぶん)唯一の方法

 

中国東北部、黒竜江省の一般的な給料

中国東北地方の給料、特に黒竜江省と吉林省の月収は低いです。

タクシーに乗ったのは省都の哈爾浜ですから、ここが一番給料水準が高いはずです。

 

中国人と付き合う。恋愛する。婚活する。

こちらの記事でも触れていますが、私が赴任する黒竜江省チチハルの給料水準をリアルに教えてもらうチャンスがありました。

チチハルでは、だいたい4000元で中の中ぐらいの水準だということでした。

これはだいたい私の頭にある水準とも合います。

 

私は吉林省の第三の都市、四平市に二年前まで二年間住んでいました。

店舗などに張り出されている求人をみて、だいたいの相場を把握しています。

確か販売などのサービス業では、多くても4000元はなかったと思います。

よくても月収3500元、二年前はそんなものでした。

 

チチハルは黒竜江省第3の都市、水準は四平とそこまで変わらないと思います。

4000元というのは、日本円で7万円ほどですが、そんなに安くない額です。

 

日本の基準ではワーキングプア―

別に私は給料を自慢したい訳ではありません。

そして、この月収も中国人にしては多いというだけで、日本人からみればワーキングプア―です。

もし私の資産が2000万円ぐらいあれば、私は結婚も考えないでしょう。

結婚とは、なにも持たない貧乏人がするものだと思います。

 

中国黒竜江省での婚活が始まる

仕事は2年契約です。

婚活の前に、まずは仕事が第一です。

仕事と生活を安定させなければいけません。

 

とりあえず、その間、結婚相談所などにも行ってみるつもりです。

幸いにも、仕事の関係者以外に日本語がネイティブレベルの友人ができたので、学校関係者に知られることもありません。

また、その友人の奥さんはチチハル人ですから、直接紹介してもらえる可能性もあります。

中国入国隔離と出会い。結婚相談所。ハルビン隔離26日目。

 

2年が経過すればもう40歳ですから、結婚は自分には縁がなかったと思い、次の目標に向かおうと思います。

とりあえず、お金はたまっていると思うので中国の大学院を目指すかもしれません。

 

また、教え子が江蘇省で日本語の塾を開設しました。

そちらに招聘したいという説得を受けているので、その話にのるかもしれません。

 

私には100万の貯金と健康しかありません。

どちらにしろ貧乏はついて回るでしょうが、未来は明るいと信じています。

 

中国人と付き合う。恋愛する。婚活する。

都心のタクシーはいくらぐらい稼げるのか

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